4月 09

ゼミのメンバーである守谷航君の修士論文「精神医学・精神医療における精神分析の役割」を掲載したが、この論文への私見を述べる。

「歴史」の存在しない日本医学界 守谷航君の「精神医学・精神医療における精神分析の役割」について
 
1.反省のない医学界
2.「真っ当さ」と叙述の問題 →4月9日

3.その他の問題
4.体と心と →4月10日

=====================================
「歴史」の存在しない日本医学界 ?守谷航君の「精神医学・精神医療における精神分析の役割」について? 

守谷君は精神分析に関心を持ち、2009年の1月には卒論でフロムの『破壊』についてまとめた(メルマガ114?116号)。フロムの『破壊』では人間精神へのアプローチとして本能主義(生物的側面)と環境主義(社会的側面)とが取り上げられ、その両者を止揚したものとして精神分析を位置づけている。その意味を考えるのが卒論の内容だった。その後、守谷君は京大の大学院で精神分析を学んだが、精神医療の現場、地域医療やチーム医療に強い関心を持ち、医者として医療現場に深くかかわることを目標にするようになる。
昨年は、医学部への編入試験の準備をしながら、修士論文をまとめた。それが今回の論文である。これは、日本の精神医療や精神分析の歴史、発展を、アメリカとの比較からとらえようとするもので、特に精神分析が医療現場に与えた影響に焦点を当てている。この背後には、地域医療やチーム医療への守谷君の強い関心がある。今回、アメリカの精神医学の中に力動精神医学、社会精神医学、生物精神医学の3種類を取り上げているが、これは卒論で取り上げた精神分析、環境主義(社会的側面)、本能主義(生物的側面)の延長上にあることがわかるだろう。つまり、これは卒論の発展したものなのだ。

1.反省のない医学界
この論文は精神医学の歴史をまとめようとしたものだが、そのナカミを問う前に、その試み自体が画期的なものであることを強調したい。他に類がない試みだからだ。しかし、それを逆に言えば、こうしたたぐいの歴史的な調査や研究がほとんど日本では行われていないという事実が浮き彫りになったとも言える。これは大きな問題だ。
明治以降のヨーロッパ(ドイツ)型の医療から、敗戦後にアメリカ型の医療への大転換が行われた。しかし、講座制や医局などの非民主的な制度は変わらないままだった。この過程とその意味を、全体として大きく振り返るような研究が、日本にはないようだ。高度経済成長下で、病院数(病床数)が飛躍的に拡大した際に、国立や公立病院よりも私立病院に圧倒的に依存したという事実(これは教育界でもまったく同じ)。この大きな弊害もきちんと振り返られていない。精神医療でも同じ事がおきていた。
60年代に火を噴いた学生紛争。これが東大医学部から始まったことは象徴的なことだ。最も近代的であるべき場が、最も非近代的な組織だったのだ。精神医学界でもそれは同じであるが、人間の精神を対象とするだけに、その矛盾はより深刻だったはずだ。医学部や医局を巻き込んでの糾弾、紛糾、そして妥協。良心的な学生、医師ほど深刻な反省を迫られ、医学部や医局を、日本を去る者も多かった。そして……日本の医療現場は何も変わらなかった、のではないか。精神医学でも、精神医療の現場の諸問題を糾弾する運動が起こっていた。しかし、こうした糾弾運動ではほとんど何も改善されることがないままに、時は流れた。そこで何が問題提起され、その内の何がどれだけ解決されたのかどうか。そうした総括は、今もなされていないのだ。
これは、医学界に、精神医学界に、過去を根本的に反省しようという意思がないことを意味する。結局はその場しのぎでやってきて、全体を大きく振り返り、本質を反省し、未来への可能性をとらえようとする意志がない(そして、結局は大学法人化のどさくさの中で外部からの強制力で「改革」が行われた)。
例えば、「臨床心理学」への対応がそうだ。これは精神医学とどう関係し、どう位置づけられるのか。そうした本質論がないままに、国家資格が云々され、「スクールカウンセラー」といった現場の対処療法として認めようとしているだけだ。すべてがこうしたレベルで行われている。
こうした問題を守谷君は明らかにした。他の誰もやらないのだから、守谷君がやるしかないだろう。今後は、アメリカに留学などして、その地域医療やチーム医療を学んでくる必要があるだろう。

2.「真っ当さ」と叙述の問題
さて、論文のナカミだが何よりも、その目的の真っ当さを指摘しておきたい。これは、守谷君にとっては、生き抜くために、医師としての自分を支えるためにどうしても必要な論文だった。彼は精神分析に関心を持っているのだが、現在の精神医療の現場では、精神分析的手法はほとんど壊滅状態だ。そうした状況の中で、精神分析のあるべき位置とその役割を明確にすること、そのあるべき未来像を示すことは、医局での彼のこれからの長い修業(奴隷)時代をしのいでいくために、必須の要件だった。
さてその結果だが、その目的は一応クリアーできたのではないか。日本の精神医学の問題を考えるために、アメリカの精神医療の歴史との比較から考える、という方法は正しいだろう。そして何よりも大きいのは、彼が全歴史を「精神分析」の立場から1つの物語(発展)として把握しようとし、一応それをやりとげたことだ。立場が明確なので、全体として主張は明確だ。
しかし、それを逆にいえば、何もかにもを強引に「精神分析」と結びつけ、他の要因を切り捨てる結果にもなっている。例えば、アメリカの歴史でも、チーム医療や地域医療の捉え方は一面的だ。精神分析との関係でしか見ていないからだ。精神分析の立場に立つとは、すべてを精神分析と直接に関係づけることではない。他の社会的、歴史的要因も丁寧に考えなければならないだろう。
そうした一面性はあるものの、私は全体としては、この論文を評価したい。立場もなしに、個々の事実を並べるだけの歴史叙述の方がはるかに簡単だし、それは生きるための論文にはならないからだ。
守谷君は、今後はこの仮説をもとに、実際に現実と闘っていき、その中で仮説の修正をしていけば良いだろう。その時に、仮説をもっていることの意義は大きい。羅針盤なしに荒海にこぎ出すことはできないから。
もちろん、短期(数か月)で仕上げたこの論文には欠点も多い。特に叙述には大きな問題がある。教科書をなぞっているアメリカの歴史ではそこそこ書けているが、日本の歴史になると不十分さが目立つ。まだまだナカミが薄すぎるし、叙述も統一性が弱い。また自説と他説(参考文献)の区別があいまいなことも気になる。しかし、参考になる文献があまりに少なすぎるのだから、今はこれで我慢するしかない。これらの解決はすべて今後に待ちたい。

Leave a Reply