12月 17

■ 目次 ■

牧野哲学の総括      中井 浩一

1 前置き 第二期鶏鳴学園の挫折と牧野さん自身による「第二期鶏鳴学園の反省」
2 牧野さんの総括「第二期鶏鳴学園の反省」の確認
3 「第二期鶏鳴学園の反省」の検討
(1)牧野さんの哲学の問題
(2)牧野さんの個人的な問題
(3)研鑽について

 ※今回はここから。
4 中井の代案 その1 師弟関係論
(1)師弟関係論「先生を選べ」の正しさ
(2)カンパは乞食、オルグはお節介
(3)生徒の側の二つの段階の区別
(4)先生の二種類
(5)個人崇拝の問題
5 中井の代案 その2 マルクスの思想の問題
6 これからの課題

 追記

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4 中井の代案 その1 師弟関係論

(1)師弟関係論「先生を選べ」の正しさ
運動を考える時には、その運動の目的そのもの、そしてその目的を実現するための方法・手段が問われます。
牧野さんは、真理の認識、真理の実現を目的としました。その真理を具体化した立場としては、「ヘーゲルの概念の立場とマルクスの賃労働者階級の立場」とを掲げ、それを「大衆の生活の立場からとらえ直し、それを全生活に及ぼして生きることを目的とする」としました。(「牧野道場の規約から)
ここで「全生活に及ぼして生きることを目的とする」としたこと。これこそが牧野さんの運動の核心だと思います。それは思想運動ですが、何よりも「生き方」を具体的な日々の生活の場で問題にするのです。他の人とまるで違います。
次に、この目的を実現するための組織原則が、牧野さんの「先生を選べ」を中心とする師弟関係論でした。牧野さんの言葉では、講壇学問を上回る真の学問を目指し、その実現のために「先生を選べ」に規定された「真の師弟関係論」を打ち出しました。
この原則は直接的には牧野さんの個人的な経験と悩みから生まれたものだと思います。東京大学の哲学科での経験、その後自らの先生として選んだ寺澤恒信のいた東京都立大学大学院、博士過程での経験。それは弟子、生徒としての経験ですが、他方で牧野さんが色々な大学で教えていた時の学生に対する先生として向き合った経験があります。その両者の立場を経験した上での、学習・研究を進めるための師弟関係の原則でした。しかしこれは当時の大きな思想上の問題に、社会主義運動の内部における個人崇拝の問題に対する牧野さんの答えでもあったのです。それについては後述します。

師弟関係論は次の三段階から成ります。(以下は「先生を選べ」「道場の三原則」から)
第一原則 先生を選べ
第二原則 先生から徹底的に学べ
第三原則 先生を追い越せ

この第一原則の先生を選ぶ段階を、牧野さんは学問の主体的性格と客観的性格の二面から説明します。主体的性格とは生徒が自分の問題意識、自分の関心を追求していくという側面であり、その客観的性格とは、そのために人類の過去の最高の成果を先生として選ぶという側面です。その両者の分裂と統一として、師弟関係論をとらえようとしているのです。
第一原則は「始まり」ですから重要なのですが、その成否は第二原則にかかっています。そこで第二原則「先生から徹底的に学べ」の補足として、牧野さんは「正しい学ぶ姿勢」を示します。?自分でやってみて先生に批判を求める、?先生の話を大人しく聞く、?先生に不満を言う、の三つの姿勢を挙げた上で、?が正しいとします。「一般に人間は自分の能力を高めるには自分で何かをやってみなければなりません」「自分の問題意識をはっきりさせ積極的に自分の意見を述べて先生や他の人の意見を聞く」という態度が求められるのです。しかし実際はほとんどの人が?で、一部が?で、正しい?の人はほとんどいない。
 この学ぶ姿勢とは学問の主体的性格から出てくるものですから、弟子にとってはこの理解が重要だと思います。私自身は牧野さんから「学ぶ姿勢」が悪いこと、つまり「先生を選べ」ができていないことを繰り返し、繰り返し批判されました。特に、第二期の最初の1年間は、毎回のゼミで批判され続けた記憶があります。それは私が?の姿勢だったということです。
今、私は次のように考えています。
まず?を、生徒の真の自立、真の主体性だと考えます。これに対して?と?は?に対しては、他者への依存、先生への依存の姿勢だと思います。
?が依存なのはわかりやすいでしょう。こういう人は、そもそもの問題意識がないのですから、先生を選ぶこともできないはずです。
問題は?の人です。この人は、他者への反発や、反抗、批判ばかりです。先生に対しても変わりません。これは一見、依存ではなく自立しているように見えるのですが、実際はこれは裏返しの依存でしかありません。この人が自立の根拠としている反発や、反抗、批判には、その向けられる対象があるのですが、反抗や批判とはその対象があるがゆえに可能になっている。つまりこれも大きな意味では、その対象に依存していると言えるのです。「反体制」や「反対運動」をしている人には、この段階の人が多いのです。
この?の人と、?とは何が違うのでしょうか。?の人には、批判ばかりで代案がないということです。代案を自分の力で作っていないということです。作るだけの覚悟もなく、批判するだけに甘んじている、それで自己の存在証明になっていると考えるのです。
この代案こそが、「自分の思想」と言えるもので、これを作るために、先生を選び、先生から徹底的に学ぶのです。それが代案「自分の思想」を作ることになり、それが真の自立であり、それが?なのです。そしてその先に「先生を超えろ」と言われるわけです。
ここで人間の弱さを考えたいと思います。人が自分のテーマや問題意識を持ちながら?にならず、?または?になってしまう理由は何なのでしょうか。
 人が自分の問いを持ちながら、その答えを出せないのは、根本的には自分の能力の低さが原因であり、それを克服する以外には解決の道はありません。しかし、その低さを直視するのが難しいのです。能力の低さは、自分の生き方、人との関係、組織との関係における中途半端さ、対立を避けて問題から逃げてきたことが深く関わります。その根底には両親や世間の価値観から自立できていないことがあります。そうした自分の弱さ、限界を直視することが難しいのです。
そしてその時、自分自身の弱さや苦しさを他者に転嫁する、それが先生への批判として現れる。それはよくあることです。それが?です。そして?でやった結果、先生からそれを徹底的に叩かれた場合は、?になりおとなしくなってしまう。これもまたよくあることです。つまり、?と?は実は同じ依存なのです。ここに人の弱さ、悪の問題があります。
例えば、ソクラテスを裁判で殺したアテネの市民たちは明らかに?ですが、ソクラテスの弟子たちや死刑に反対した市民たちの多くは、?ではなく?でしかなかったのではないか。
私の話をすれば、私は20代の自分の行動、社会運動の反省をする覚悟を持てず、この問題を正面から出して、その答えを出すことに専念することができないでいたのでした。それが?の形に現れたのです。
 こうした主体性の問題を牧野さんは確かに感じていたのだと思います。しかし問題は定式化されていないためにそれは不十分でした。

以上、牧野さんの師弟関係論を検討しましたが、これは原理的にはあくまでも高く正しいと思います。この原則を打ち立て、それを三〇年間実行して生きたことが、牧野さんの哲学史上の最大の功績だと思っています。
この原則こそ、人類史を踏まえ、ヘーゲルの概念を踏まえたものです。人間は真理、理念を実現してきたのであり、その実現過程が人類の歴史であり、哲学の歴史です。その真理と理想と正義の実現を目指す以上、その運動自体がその真理の実現過程における継承、発展を純化したものでなければならないことになります。それが牧野さんが明らかにした師弟関係論であると私は考えています。
 この「先生を選べ」の原則では、人間に先生を選ぶという強い主体性とその責任を要求します。ここには選び、選ばれた関係から生まれる信頼関係があります。選ばれた先生は強い指導力を発揮して、生徒を成長させることが可能です。もちろんそれには強い責任が求められます。
これは現在の大学制度の根幹の批判であり、それを超えるものです。そのことは牧野さんがこの原則を示した1970年代から今に至るまで変わらないと思います。現行の大学制度内には、この真の師弟関係はありません。そこで教え研究する教授たちは、みながサラリーマンであり、その生き方の限界を持っているからです。

第二期鶏鳴学園の大きな成果の根本原因とは、この原則を純化したことにあると思います。そしてこの原則の純化は、弟子同士の関係を深めることになりました。
第一期鶏鳴学園では、牧野さんの弟子同士の関係は深いものではありませんでした。牧野さんが「三宝を敬え」(『囲炉裏端』)と、真理、師、弟子たちへの敬意を挙げたのは、弟子たちに互いを敬うことを求め、この問題を解決するためでした。
それは師弟関係の純化でのみ可能でした。同じ人を自らの先生としている、そしてそこでは「正しい学ぶ姿勢」を実行しようと生きる。ここから相互の信頼関係が生まれ、これによって研鑽の充実が可能になるからです。
これは、私には生まれて初めての経験となりました。人が、個人の嗜好や傾向性、好き嫌い、その階級・階層の価値観、そうした「自然性」、出自の偶然性の延長の「思想」ではなく、選んだ先生とその先の真理との関係、そうした生き方でのみつながる。それが実際に可能なことを知った時、それまでの私の人との関係はその逆であったことがわかりました。自然性や偶然性をはるかに超えた関係を、先生と真理を媒介にすることで、人はもてるのです。これが本当の人間関係だと思います。
以上から、第二期鶏鳴学園の前期の大きな成果の原因としては二つが確認されます。師弟関係論の根本的な正しさであり、それゆえの研鑽の充実です。

(2)カンパは乞食、オルグはお節介
この師弟関係論から、牧野さんの「運動の拡大」についての大方針が確定されます。それが「カンパは乞食、オルグ(勧誘)はお節介」(『ヘーゲルの修行』に収録)の原則です。意味は明確です。そのままですから。
これは、何よりも実際の社会運動のほとんどが、勧誘とカンパによってその拡大運動をしていることへの批判です。それは宗教団体も、政治団体も、経済団体も、市民運動もかわりません。
多くの社会運動は、自分たち(だけ)が正しいという信念を持っており、その信念が社会全体に実現されることを求めます。そして、その方法とは運動のメンバーが増えるように勧誘(オルグ)し、そのための財源が確保されて、拡大運動が継続されることです。これは思想の内容に関係なく、ほとんどすべての運動の実態です。
しかし、牧野さんはその真逆を提示します。弟子たちに勧誘はさせず、自己研修第一を求めます。世間の一般的な運動に自らの運動を対置させ、外へ向かう運動と内に向かう運動、他者を教えようとする運動と自己教育を第一にする運動として示します。牧野さんは自らの方針を「熟柿主義」と称し、「桃李もの言わざれど下自ら蹊を成す」とします。
私はこの原則は、学ぶ姿勢の原則と同じであり、他者への依存か真の自立か、他者を教えようとするのか自己学習第一かを問題にするものだと考えます。これを根底に置くのが牧野さんの師弟関係論なのです。
そしてこの師弟関係論の主体的性格の原則からは、熟柿主義しか帰結せず、その「哲学主義」、その「共同体運動」が生まれるのだと考えます。そして、以上は正しいと私は考えます。

(3)生徒の側の二つの段階の区別
ここまで述べてきたように、私は、師弟関係論の根本的な正しさを認めるのです。しかしその内部における「先生を批判するな」という原則には問題があったと考えます。
牧野さんは、第二原則の「先生から徹底的に学べ」は「先生を批判するな」ということだと言います。これは先の学ぶ姿勢の原則の?「先生への不満を言う」への批判をさらに徹底し、それを全否定するに至ったものだと思いますが、そうしたレベルには収まりません。ここで牧野さんは「個人崇拝」の克服をめざしているのです。
二〇世紀の後半になれば、マルクスの社会主義運動の内部からスターリン信仰や毛沢東信仰の問題が明らかになり、「科学的社会主義」の内部からなぜ宗教的な個人崇拝の問題が生まれたのかが厳しく問われることになりました。スターリンや毛沢東だけではありません。それはマルクス自身への信仰であり、レーニンへの信仰でしかなかったのではないか。社会主義をただ信仰していただけではなかったのか。
 牧野さんのこの問題についての回答とは「道場員は牧野の哲学を信仰してはならない。道場員は自分の問題意識に立って、牧野哲学を疑い尽くし、他の諸思想と比較検討し、自分の思想を作ろうとしなければならない」(「牧野道場の規約」)。
「道場の目的は牧野主義者や牧野信者を作ることではなく、一人一人が自分の思想を持ち、したがって豊かな個性を持った人間になることです。こういう人をヘーゲルは『概念の個別』と呼んだのです」。そしてこの実現のための原則が師弟関係論であり、それを「概念的組織原則」と呼ぶのです。
この牧野さんの意図と構想の壮大さには驚きます。1970年代の前半、まだ30歳代の前半の時点で、こうした構想を考えて実行していたことのすばらしさ。
一般的には社会運動の組織とは、その目的実現のための手段であり、手段としての有効性が問われるだけです。しかしこの師弟関係論はそれ自体が真理そのものであり、その実現を目的とする側面を持つのです。
しかし、なぜ「先生を批判するな」の原則が、個人崇拝の問題を解決できるのでしょうか。牧野さんは以下のように説明します。
第三原則は、「後輩が先輩を追い越す」ということですが、後輩が先輩を追い越す理由は先輩の仕事に不満を感じるからです。「従って後輩は先輩に不満を持つべしという命題」(第三原則)と「後輩は先輩に不満を言ってはいかんという命題」(第二原則)という矛盾する二つの命題を持つことになる。どうしたらよいか。「後輩が先輩に不満を持ったらそれを先輩にむけないで自分で背負い解決」すればよい。
「要するに後輩が先輩に対して行なって良い唯一の批判は先輩を追い越すという行為による批判だけです。第二原則で先生に対する批判を禁止し第三原則で先生を行為によって批判することを勧めたのは批判という名の甘ったれを禁止し真の批判を奨励し強制さえしているということです」。これが牧野さんの真意だと考えます。
したがって「先生を批判するな」の原則の是非を考えるには、この原則が個人崇拝の問題を解決できたのかどうかが基準になります。結果は否でした。牧野さんが総括文で「言ってみれば『おんぶにだっこ』で十秒ゼロを実現しようとしたのです。それは原理的に不可能でした」と書いてあることが全てです。これほどの厳しさを求めた運動が、実は大甘の運動であったという矛盾。これをどう考えたら良いのでしょうか。ここでは現実の人間の成長・発展段階が無視されていたということだと思います。
人は、最初から「先生を追い越す」ことや「自分の思想を作ること」を目指すことはありません。とりあえず困っていて、その解決策を求めるだけです。困っているとは、問題を抱え、問題意識を持ち、その答えを求めているが、未だ見出せていないということです。そしてその問いと答えを媒介するものとして先生を求めているだけなのです。それ以上のこと、例えば先生を追い越すとか、人類の最高点に到達したいとか、そういうことは、普通の人々の意識の中にはないのです。
 私はその現状、現実を踏まえて師弟関係論を二つに分け、それを立体的に発展としてとらえればよいのだと考えています。

第一段階(低い段階)
第一原則 先生を選べ(自分の問題、問いを自覚し、その答えを出すために最適の人を先生とせよ)
第二原則 先生から徹底的に学べ(答えを出せないのは能力が低いからなので、自分の能力を高めよ。それには自分で高めるしかない)
第三原則 自分の問題意識の答えを出せ

第二段階(高い段階)
第一原則 先生を選べ
第二原則 先生から徹底的に学べ
第三原則 先生を追い越せ(これは「自分の思想を作る」と言い換えられます。これを目標とします)

この二つの段階を比較すると、第一段階は最初の低い段階であり、生徒の主体性の側から、その悩み・問題に寄り添うものであり、第二段階はより先の高い段階であり、先生や人類という客観的で絶対的な立場から見ていることがわかります。
第一原則の先生を選ぶ段階で、牧野さんはすでに学問の主体的性格と客観的性格の二面を出していました。これを実際の生徒の段階において分裂しているものとしてとらえて、原則を二つのレベルに分けたのが私の原則です。
 私の原則の第一段階こそが、多くの人が切実に求めているものです。しかしこの段階の人は、先生を超えるということは意識していません。それどころではないのです。眼前の自らの問題に直面しているだけで、その先を考えるような余裕はないのです。またそれがその人の現在の発展段階なのです。この段階に必要な先生とは、人類史上で問題になるレベルの人ではありません。しかし、この段階でこそ、学ぶ姿勢の問題が問われるのだと思います。
そして、この段階の人は、自分の問いの答えを出せればそれで満足であり、それ以上を求めていません。答えが得られ、当初の目的が達成できれば、先生の下を離れますが、それで良いのです。
 しかしこの段階の人のごく一部ですが、その段階には満足できず次の段階に進む人が出てきます。なぜなら第一段階で能力を高めその思考を深めていく中で、自分の問いが大きくなり深まっていくと、それを解決できるレベルの先生は限られるからです。そこでは先生のレベルが問われ、人類史上の発展が問題になります。この過程では先生の選び直しが起こります。それが繰り返されることもあるのです。そのようにして人類史上の最高点である先生が問題になる段階に至るのです。ヘーゲルやマルクスの思想の本当の価値を理解し、それをさらに理解したいと思うようになる人が出てきます。
第一段階においては、先生やヘーゲルやマルクスはあくまでも答えを出すための媒介・手段であり、それ自体が自分の目的・目標にはなりません。しかしその思想の理解が深まることによって、その巨大さに圧倒されながらも、それを本当に理解したい、その頂点を目指したい、いやさらにはそれを超えたいという欲求が芽生えてくるのです。これが第二段階であり、これが牧野さんの提示した師弟関係論なのです。この段階こそ、人類史、哲学史の中に自分を位置づけ、先生を追い越し自分の思想を作る段階です。そしてこの段階では自己反省はいっそう厳しいレベルで求められます。
 「先生を選べ」といっても、第一段階では先生は複数の横並びの中から選ぶにすぎません。それはたまたまその人を選んだという偶然性の段階です。先生と呼ばれる他の人たちと上下の差があるのではなく、その問題の専門家であるにすぎません。しかし第二段階になり、その過程が進むにつれて、先生とはただ一人であり、他の可能性をすべて捨てる段階が来ます。これが自分の「立場」になります。
以上のように二つの段階を区別すれば、第一段階の人に「先生を追い越せ」とか、さらには「先生を批判するな」と求めることは無理なのであり、それを求めれば破綻するという予想が可能です。そして第二期の後半はそれをしたがために、事実破綻したのです。
 では第二段階においては、「先生を追い越せ」や「先生を批判するな」を求めることは正しいでしょうか。私はそこにはやはり問題があり、無理があると考えます。
なお、牧野さんは牧野道場という組織の意志決定をする上で、道場員の分類をしています(「牧野道場の規約」)。意志決定に参加できる一級道場員と、できない二級以下の道場員です。しかしその区別の基準が示されていません。その本来の基準とは、この第一段階と第二段階の区別にあるのだと思います。この運動を決める会議の参加権は第二段階(高い段階)のメンバーだけが持ち、その決定権は、第一に先生が持ち、第二に先生のレベルに到達したメンバーだけが持つのです。

(4)先生の二種類
私は弟子側の発展として二段階を示しました。それは生徒、弟子側の問題の解決のためでした。しかし問題は、先生の側にもあります。それは先生にも二種類があるということです。
先生といってもすでに亡くなっている死者であり、その書き残したテキストから学ぶだけの場合があります。他方で、先生が生きており、その人について直接に指導を受ける場合があります。それは明確に区別する必要があります。死者からはテキストから学ぶしかなく、そこでは「批判を言う」必要はありません。しかし、生きた人から直接に指導を受ける場合にはそうはいきません。そこには現実の関係からトラブルが起こり、それを解決しなければなりません。ここには研鑽の問題があるのです
師弟関係が具体的に深まっていけば、そこでは人間の個人の傾向や性格レベルの様々なぶつかり合いが起こります。そうした低レベルから始まって、人間観、社会観、世界観といった最高のレベルまでの広がりの中で師弟関係は成立しています。問題がそのどのレベルのものなのか。その区別は難しいものです。
 まず、弟子にとっては、本来は自分の思想を作ることが目的であり、そのためには個々の具体的な状況の中で問題を考えなければなりません。その中にはどうしても師弟関係の問題も含まれます。しかし批判をするなと言われれば、それが禁じられるということになってしまいます。
 もちろん、弟子は自分の低さや課題を解決するために、師弟関係を結んでいます。ですから、自分の課題を中心にそれを第一に反省していくのが弟子のあり方です。先生の問題や課題を考えるためではありません。しかしそうは言っても、師弟関係が深まれば、人間の個人レベルの様々な問題は、大きな問題になるし、それが共同生活ということになれば一層大きな問題になります。
 また、これは先生にとっても大きなマイナスです。先生の言動への批判が出てこなくなるので、先生の自己反省が難しくなってしまいます。これでは師弟間の十分な研鑽ができません。
 以上の結果、第二期の後半にあっては、結局は先生に従順な生徒を生み、運動全体が全体主義に転落しました。
牧野さんが「批判をせずに質問をしろ」と言ったこともありましたが、それは実際は解決にはなりません。これは言葉を変えることによるごまかしを生みます。なぜならその質問の中には、同時に潜在的には批判が含まれているのであり、それを外化させなければ問題は解決しないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
「先生を批判するな」の原則は廃止し、逆に批判を奨励する。これが正しい対策だったと思います。「先生の言動に疑問や問題があると思った人は、できるだけ早く、きちっとした問題提起をせよ」を原則にするのです。
ただしその際、牧野さんが示した弟子の「甘え」の問題や「弱さ」や「悪」の問題は、前もって示しておきます。そして「先生を追い越せ」とは弟子が「自分の思想を作る」ことであり、それを目的とすることを繰り返し確認します。
そして「自分の思想を作る」ことが目的となれば、問題提起をした場合は、その答えを出すのは、先生ではなく、まず問題提起した自分自身だということになります。その答えを自分自身で展開しつくすことを求め、それを実行することが自分の思想を作ることの一助になります。
問題提起をするということには、そうした責任が伴うとの自覚、その責任とは最終的には自分の思想を作ることであることを、事前にきちんと示しておくのです。
その上で、先生に対する問題提起を奨励し、それがなされた場合は、この原則を徹底すればよろしい。

(5)個人崇拝の問題
 以上は、生きた先生との師弟関係にあって、具体的な場面で起こるトラブルをどう解決するかについてでした。
さて、ではここから本題であった個人崇拝の問題にもどります。「先生を批判するな」ではこの問題は解決できません。

牧野さんの総括文が、まずは「教師としての間違い」に言及し、「相手の素質などを正確に判断しないで、過大なことを期待したり要求したりする」ことの反省にあった点をここで思い出す必要があります。能力(素質)の観点をここでしっかりと持たなければならないのです。
 人の素質と能力は残念ながら限界があります。さらに個々人の能力の格差とその偏りは人類史と共に巨大なものになっています。階級・階層への分裂とその激化です。ここに問題の根本があります。それは第一段階でも大きな問題ですが、第二段階ではごまかしようがない形で現れます。つまり能力の低い人には、先生を超えることは無理なのです。
第一段階でも、能力が低ければ、先生の言うことをおとなしく聞くか、または反抗するしかありえません。それは全面的な依存と言ってもいいでしょう。
その段階をクリアした第二段階の人だけが、この問題と真に向き合うのです。しかし最終的に先生を越えられない場合、自分の思想を作るに至らない場合を考えなければなりません。その可能性は自分の抱えた問題が大きいほど、また先生のレベルが高ければ高いほど大きくなります。そして先生のレベルに届かなかった場合、先生を超えられなかった時にはどうなるでしょうか。一方は反抗、反逆(いわゆる「逆恨み」「居直り」)であり、一方は依存つまり信仰(盲従)になります。つまり能力の低さは必然的に反抗か信仰かになるのです。大きく言えばともに、依存です。
ここで、用語を整理し、確認しましょう。議論に不要な混乱が起こらないためです。
「自分の思想を作る」という時の、「思想」と何でしょうか。
人が自分の問題の答えを出す時、ひとつの問題、その問題に関係する専門分野、専門領域に限定した答えでしかない時、それを思想とはまだ言えないと思います。それが人間観、社会観、世界観にまで拡大され深まったものを思想というのです。
 では「先生を超える」とはどういうことでしょうか。
「先生を超える」とは、自分の思想の中に先生の思想を止揚することです。
生徒・弟子は自分の問いの答えを出すために、先生の思想を手掛かりにして考えていきます。自分の問いの観点から、先生の思想を学習し、それを吟味することになります。その問いが表面的なものではなく、その専門分野の根本的な問題に深まるなら、必要とする先生のレベルが高いものになり、その思想の吟味もまた全体的なものになります。そして、根本的な問いの答えを、先生のレベルで出せた時、その側面において先生を超えたと言ってよいのだと思います。しかし、その止揚した内容が、先生の思想を全体として、その中心において止揚しているかどうかが次に問われます。そしてこの段階クリアーした場合に、真に先生を超えたと言うのだと思います。その時は、それは人間観、社会観、世界観にまで拡大され深まった思想になっているはずです。
では「信仰」とは何でしょうか、その何がどう問題なのでしょうか。
自分の問いの答えを出せずに終わった人、または先生を越えられなかった人。その人には、その敗北、自分の限界をどう受け止めるかが問題になります。
この事実を認められず、その事実を踏まえた上で生きる方法がわからない場合は、一つは反抗・反逆になります。もう一つは先生を絶対化してそれに盲従することになります。後者がここで「信仰」と呼ぶものです。
両者ともに問題なのですが、それはそこにウソやごまかしがあるからです。
反抗・反逆とは、自分が先生を超えられなかったということを、先生及びその思想の間違いのせいにするのですから、そこにウソがあります。しかしその反抗は自分がその思想の側に立っていないこと、立てなかったことを露わにしています。そこにはウソはありません。若いころに共産主義にかぶれ、後年になって反共主義者になる人などを思い浮かべるとよいでしょう。
 他方で、より問題なのは先生への盲従、信仰の場合です。反抗と同じく先生を超えられなかったという結果、今度はその逆に先生に盲従し、自分がその思想の側に立っているような振る舞いをすることになります。そこには二重のウソがあります。ウソにウソを塗り重ねていることになります。
ヘーゲルは「知っているだけでは認識していることにはならない」「博識はまだ科学ではない」と言っています。また宗教は真理の表象を扱い、哲学は真理の思考による認識を目的とすると言います。つまり「信仰」とは、真理を本当には理解することができず、その言葉の表象、言葉を知っているレベルに止まることです。それは理解していなのに、理解しているようにふるまうことになり、それが二重のウソになります。
それは自己に対しては、自分が真理を認識できていないという事実、自分の弱さや限界を見ないでいること、したがってその弱さ、低さと戦うことをしないことが問題です。それはその人の成長を不可能にします。
しかし、問題はそれにとどまりません。そうした人は他者に対しては、ただ自分の「真理」を教えようとし、他者をバカにし、見下す結果になります。先生を絶対視してしまうと、虎の威を借りる狐の状態で、自分以外の全てを攻撃し、全ての上に立てると思い、すべてを貶めようとします。
こうした人は、自分が本当には認識できていないことに薄々は気づいているのです。そこで、それに激しいコンプレックスを持ち、内心ではやましさを抱えています。そのためにこうした人は、他者に対する攻撃的な言動が増えていきます。内なる弱さは、外に向かうのです。
 世間では「他者を裁くような態度」の「正義の味方」がたくさんいるのですが、それはみなこうした人たちです。
彼らは、敵〔だと信ずる人〕に対してだけではなく、むしろ仲間に対して、一層激しい攻撃をすることになります。そこに自分のやましさやコンプレックスを刺激され、それを抹殺しようとするからでしょう。そうした活動こそ自己証明となるからです。社会主義運動での自己批判の強制や査問の横行などがその典型です。これがスターリンや毛沢東の引き起こした巨悪の大きな作用ではなかったでしょうか。これは自己相対化を失い、自己を絶対化するものであり、人間の弱さであり、人間の悪そのものです。
これでは個人は成長できなくなり、その組織もまた発展ができなくなります。
これはすでに問題にしたオルグやカンパの問題と同じです。いや、それそのものです。そこにあるのも自分の弱さを外に転化することです

しかし、能力上に大きな格差があり、自分の思想を作ったり、先生を越えられない人が多数存在するのです。どうしたらよいのでしょうか。それでもなお、反抗でも盲従でもない生き方をすればよい。それは可能です。
自分の低さ、限界の自覚を持ち、自分の能力のレベルをわきまえ、自分のやれること、やるべきことを意識し、それを実行すること。分をわきまえて生きることです。つまり、私たちが目指すべきなのは真理の契機となること、自分が真理の契機として、真理のために生きることです。
人はその人生において、ただひたすらに真理の契機として生きれば良いのです。それが真理全体の主役であり中心であるかどうかは関係なく、それがどこであろうが、とにかく真理の契機であるということ。断じて、偽りの契機としてではなく生きることです。

この段階で先生を追い越せという第三原則自体が相対化されます。
 「先生を追い越せ」は真の目的ではなく、真理の契機に至るための必然的過程、その必然的な手段に他なりません。
実際に先生のレベルに到達できるかどうか、先生を越えられるかどうかは、問題ではないのです。大切なのは力の限り自分のベストを尽くして真理のために生きることだけなのです。
 自分が絶対ではなく、真理の前に相対化され、その契機として生きること。この点において実は全ての人が同じなのです。ヘーゲルもマルクスもイエスもソクラテスもプラトンもです。

 そうであれば、その生き方はどこで、どのように可能なのかを考えなければなりません。それは正しい師弟関係の中でこそ可能になると思います。これを実現するための組織こそが真の師弟関係なのです。先生と生徒は真理の契機としては全く対等であり、しかし真理実現のどこにどういう位置づけ(役割)を持つかが違うだけです。
そこでは個々人の能力、実力の格差も、その偏りも隠されておらず、透明になっていること。各自は自分の能力の限界の自覚、先生の全体と人類史の全体、その中での自分の位置を自覚できること。弟子たちの相互の能力の種類、その高低、上下を明らかにし、その理解において自分と他者を律すること。
 その運動の中で、個人が自分の中で、また運動する組織がその組織の中で、また外に対しても、それを透明にできること。それは相互の批判、評価が、どのレベルで行えるかにかかっていますが、それが、その組織の研鑽の能力です。その前提が相互の信頼関係であり、それを強め、研鑽能力を高めていけるのは師弟関係の深まりだけです。
私はこの透明な自己理解と他者理解のあり方こそが、ソクラテスの「無知の知」なのだと考えています。そしてそれは、組織においては「無私の私」なのではないか。これはいわゆる「滅私奉公」ではありません。その真逆のものであり、主体性の完成した姿なのだと思います。

以上が、個人崇拝、信仰的な態度を超える方法であり、この実現のための原則が師弟関係論であり、それを「概念的組織原則」と呼ぶのでしょう。
私はこの原則を可能な限り貫き、実現していきたいと思っています。

なお、牧野さんが総括文で、自分の限界、分をわきまえる、自分を限定することを学んだと述べています。これは私の言葉では「真理の契機として、しっかり生きる」となります。
それはもちろん正しいのですが、人が若い時からそれができることはあり得ず、自分の立場や自分の思想を持った上で、初めてそれが可能になるのではないでしょうか。師弟関係の第二段階での切磋琢磨なしに、真理の契機となるという考えとその実行はありえないでしょう。

5 中井の代案 その2 マルクスの思想の問題

牧野さんは、真理の認識、真理の実現を目的としました。その真理を具体化した立場としては、「ヘーゲルの概念の立場とマルクスの賃労働者階級の立場」とを掲げ、それを「大衆の生活の立場からとらえ直し、それを前生活に及ぼして生きることを目的とする」としました。(「牧野道場の規約から)
 ヘーゲル、マルクスの思想そのものではなく、それを現在の社会の発展段階の上で、さらに発展させた立場としてとらえていて、それを牧野さんは「大衆の生活の立場」からとらえ直すとしているのだと思います。
 私はヘーゲルの発展の立場は、哲学史上の最高の立場であり、今もこれを超える思想はないと思います。しかしマルクスの思想には大きな問題があり、一部ではヘーゲル哲学をより具体的にした側面があるものの、全体としてはヘーゲルの思想をとらえそこない、ヘーゲルの思想の発展に失敗していると思います。
牧野さんは、マルクスとそのマルクス主義一派に対して、それを根本的に批判し、その政治主義、つまり国家権力の奪取というだけの方法論に対して、「哲学主義」を掲げ、哲学がすべてを指導するという理念を出しました。これは高い目標・立場を示したと思います。またそれに共同体運動を対置したのも意義があったと思います。
 牧野さんのマルクスに対する総括は「マルクスの感情的社会主義」にまとめられており、牧野さんの第二期後半の運動は、その総括の上で行われました。ですから、そこに大きな問題があったのであれば、再度マルクスの思想全体における問題を考えなければならないはずです。しかし、それはなされていません。

やはり大きな問題となるのが、マルクスの唯物史観と社会主義の目的の理解にあると思います。
もちろん、マルクスの唯物史観の画期的な功績を認め、この視点を常に考察の中に入れることは正しい。またマルクスの社会主義が目標とした方向性もあくまでも正しいし、それを目指していくこともあくまでも正しい。しかし唯物史観の一面性やその理解の浅さを理解する必要があります。また、分裂の克服、止揚という枠組みが、実際には否定になってしまったことは大きな間違いでした。
マルクスは都市と農村の分裂、工業と農業の分裂、精神労働と肉体労働の分裂という三大分裂を克服(止揚)することを目標にし、さらに私有財産の止揚、国家の止揚をも目標にしました。それ自体は正しかったと思います。
しかし問題はその「止揚・克服」が一面的な「否定」「廃止」と事実上理解されていたことです。宗教もただ疎外として、否定されるだけでした。
これはマルクスが、存在の運動を十分には理解できなかったことを意味します。私有財産も、分業も、その問題は大きいですが、他方でそれらには大きな意義があります。
牧野さんがその否定を今すぐ実行しなければならない、共同体をすぐに実現するべきだとしたのは間違いでした。しかし、牧野さんの間違いは、実はもともとのマルクスの間違いを引きずったものだったのだと思います。つまり牧野さんも、マルクスを真に克服はできなかった。
 マルクスがヘーゲル哲学に対して、その弁証法を高く評価する一方で、その観念論的側面を批判し、それが逆立ちしているので再転倒して、「唯物」弁証法にするとしたのも浅はかでした。これらは、マルクスにそもそものヘーゲルの発展という考えの理解が不十分だったことに起因します。フォイエルバッハの疎外論に引きずられ、発展のなかに疎外論をどう位置付けるべきかが明確でなかったのです。そこには存在するものの肯定的理解がなかったのです。
唯物史観は、生産力が生産関係を規定し、その下部構造が上部構造を規定するとしました。その一面性と、この規定関係が最終的に逆転することを示せなかった限界を、はっきりと指摘しなければなりません。発展の始まりから終わりに向けた運動は、終わりが始まりに戻る運動になります。規定するものは逆に規定されるものになります。規定されたものはそれを逆に規定することができます。ヘーゲルはそれを、前提は定立されると言いました。この理解がマルクスにはできなかったようです。詳しくは私の『現代に生きるマルクス』に書きました。

ではどうしたらよいのか。
マルクスの示した大きな方向性の正しさを認めるが、それを今すぐにすべて実行するのではなく、まずは運動の内部において、可能な範囲でその実現を目指す。私有財産も分業も精神労働と肉体労働の分裂も、その意義を十分に理解した上でそれを本当に克服して止揚していけるあり方を絶えず模索していくことです。あまりにも平凡ですが、これを着実に実行していくことが大切なのだと考えます。
 牧野さんが総括文に述べているように、分業については、本来は一人一人のメンバーはその専門分野を持ちその専門分野でまず一流にならなければならない。そうであれば、そのための指導を指導者はしなければならない。そうして政治・経済・文化のあらゆる分野において有能な人材を輩出しなければならなかった。そうであれば、そのすべての分野で、現実の肯定的理解が問われます。発展の理解が問われます。
この局面での指導でこそ、その成否は指導者の能力に大きくかかっており、そこでこそ「哲学主義」の意義が問われるのだと思います。
 しかし、哲学主義の理念は正しくとも、実際の人間には限界があります。ですから指導者は自らと運動の能力を高めるように不断の努力をし、また全員に対してそれを保障するような組織と原則を作る必要があります。その限界を絶えず自覚し続けられるようなシステムが必要です。
それは研鑽だったでしょう。またその基礎には、師弟関係と弟子同士の関係を正しく律する原則が必要だと思います。
以上が目的についての検討です

6 これからの課題

さて以上を踏まえて、運動の理論を深め実践をしていくことが私のこれからの目標です。
そこで、現下での緊急の課題であり、今後の最大の課題となっていると思うのが、研鑽についてのより深い具体的な理論と実践を示していくことだと考えています。
つまり、みなが「概念の個別」を目指し、真理の契機として生きること、その実現のための師弟関係、「概念的組織原則」を明らかにし、それを実現していくことです。「4 中井の代案 その1 師弟関係論」の「(5)個人崇拝の問題」でまとめた内容の具体化です。
それは個人の自立とそれを保障する社会・組織の確立です。これは真の民主主義社会の確立の問題に他なりません。そのための理論と実践を提示していくことです。
その全体を展開することが私の課題ですが、まだそれを示せません。牧野さんがすでに明らかにしている原則を研究し、それを発展させ、それをさらに具体化し、実現していくことを自分の課題とします。
これが個人崇拝の問題を真に克服することになるはずです。以上で、私の現状の報告を終えます。

牧野さんと出会えたことは私の人生での最大の転換点となりました。牧野さんからの指導なしに、私の「古い自分」を滅ぼすことはできず、「新たな自分」へとの再生もありえませんでした。ここまで牧野さんへの批判を述べてきましたが、それは牧野さんへの感謝は、牧野哲学の先の展開を示すことで、表すべきだと考えるからです。

 2022年12月29日

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追記

4の(2)「カンパは乞食、オルグはお節介」の牧野自身の文章では、「カンパ」や「オルグ」が全否定されているようで、悟性的だと思います。
「カンパ」にも、「オルグ」にも、正しい「カンパ」と「オルグ」があり、間違った「カンパ」と「オルグ」があります、間違った方を批判するだけではなく、正しい方をも具体的に示す方がより高い立場だったと思います。

4の(3)「生徒の側の二つの段階の区別」は私の考えであり、言っていることはわかるのですが、実際にはこの区別を師弟契約時に示すことは不可能でしょう。弟子の側ではわかりようがないからです。4、5年がすぎて、成果として何がなされたかを振り返る時に、この2つの段階を示して、その成長、発展段階を考えることが有効だと思います。
これについては、まだまだ試行錯誤が必要だと思います。様々な工夫をして、よりよい方法を考えて行きたいです。

一番重要な論点は、4の(5)「個人崇拝の問題」で取り上げた師弟関係論の第3原則「先生を追いこせ」(自分の思想を作る)の段階において、ついに先生を追いこせない人が現れてくるという事実と、それへの対応です。
先生を越えられなかった人には、その敗北、自分の限界をどう受け止めるかが大きな問題になります。
この事実を認められない場合は、一つは先生を絶対化してそれに盲従することになり、もう一つは反抗・反逆になります。

この間違った2つの態度と、それを超える生き方を考える際に、ここでも「学ぶ姿勢」が問われていることに気づきました。
この反抗と盲従は、学ぶ姿勢の悪い例である?と?のことに他ならなりません。それが最終局面だからこそ、大きく現れるのです。
しかし、盲従でも反抗でもない生き方は可能です。それは?の正しい学ぶ姿勢からのみ生まれます。
自分の低さ、限界の自覚を持ち、自分の能力のレベルをわきまえ、自分のやれること、やるべきことを意識し、それを実行すること。分をわきまえて生きることです。つまり、私たちが目指すべきなのは真理の契機となること、自分が真理の契機として、真理のために生きることなのです。
これが「正しい学ぶ姿勢」の真理なのだと思います。

以上2025年12月12日に記す。

12月 16

■ 目次 ■

牧野哲学の総括      中井 浩一

1 前置き 第二期鶏鳴学園の挫折と牧野さん自身による「第二期鶏鳴学園の反省」
2 牧野さんの総括「第二期鶏鳴学園の反省」の確認
3 「第二期鶏鳴学園の反省」の検討
(1)牧野さんの哲学の問題
(2)牧野さんの個人的な問題
(3)研鑽について
 ※本日はここまで。以下は明日

4 中井の代案 その1 師弟関係論
(1)師弟関係論「先生を選べ」の正しさ
(2)カンパは乞食、オルグはお節介
(3)生徒の側の二つの段階の区別
(4)先生の二種類
(5)個人崇拝の問題
5 中井の代案 その2 マルクスの思想の問題
6 これからの課題

 追記

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◇◆  牧野哲学の総括  中井 浩一  ◆◇

牧野さん

中井です。その後、お体の調子はいかがですか。

本日は、牧野さんと私たちの第二期鶏鳴学園の失敗について、またそれを踏まえた牧野さんの第三期について、私の考えていることを報告します。

以下は次のような順番になっています。
1 前置き 第二期鶏鳴学園の挫折と牧野さん自身による「第二期鶏鳴学園の反省」
2 牧野さんの総括「第二期鶏鳴学園の反省」の確認
3 「第二期鶏鳴学園の反省」の検討
(1)牧野さんの哲学の問題
(2)牧野さんの個人的な問題
(3)研鑽について
4 中井の代案 その1 師弟関係論
(1)師弟関係論「先生を選べ」の正しさ
(2)カンパは乞食、オルグはお節介
(3)生徒の側の二つの段階の区別
(4)先生の二種類
(5)個人崇拝の問題
5 中井の代案 その2 マルクスの思想の問題
6 これからの課題

牧野さんの眼が悪いのはわかっているので、読んでいただけるように大きな文字を使用しました。そこで分量が大きくなりました。その核心部分は「3『第二期鶏鳴学園の反省』の検討」の「(1)牧野さんの哲学の問題」と「中井の代案 その1 師弟関係論」です。その始まりのページに付箋を付けました。そこだけでも読んで頂ければ幸いです。

1 前置き 第二期鶏鳴学園の挫折と牧野さん自身による「第二期鶏鳴学園の反省」

第二期鶏鳴学園の挫折は牧野さんにとって決定的なものだったと思います。そして、牧野さん自身によるその総括として「第二期鶏鳴学園の反省」(1997・10・10の日付があります。雑誌『鶏鳴』145号1998年1月発行に掲載)を出しています。運動の失敗から五年後に出ていることが、その挫折の大きさと深刻さをよく表わしています。
なお、私は以下で牧野さんの考えとしては主にこの総括文を検討するのですが、これ以外に、牧野さんのまとめた総括などがあれば教えてください。以下では、これが唯一の総括文であるとして、この後を書きます。
牧野さんは、「第二期鶏鳴学園の反省」で第二期鶏鳴学園を前半と後半に分けて、「前半(1985年12月から90年3月まで)はこの種の運動としては最高の段階に達していた」。後半(90年4月から92年3月末まで)では「それ以上のもの(共同体の実現)を望んだのが間違いの元だったのです」とまとめています。
これは私の実感、その評価とも一致します。牧野さんの指導した鶏鳴学園の全歴史の中で、前半はピークだったと思います。その成果は『ヘーゲル的社会主義』にまとめられていますが、これは戦後の日本における哲学の最高レベルだと私は考えています。
しかし、この第二期は前半で大きな成果を出しながら、途中から共同体の実現に大きく梶が切られ、それがすべてに優先されました。数少なかった仲間が運動から離れたり、恋人と別れるなどの結果がありました。そうした大きな犠牲を払いながら実現した共同体運動は二年も持たずにあっけなく崩壊しました。
私にとって、その失敗という結果は意外ではありませんでした。無理に無理を重ねていることは感じていたので、予想された結果です。牧野さんの「暴走」を止める力は私にはなかった。しかし私には運動を辞める選択肢はなかった。そこで牧野さんに最後までついていき、その最後までを見届けることを決めていました。しかし、牧野さんの考えを十分に理解していたわけではなく、納得していたわけでもなかった。
そこで、その失敗の総括は、当時の私には不可能でした。ドイツに二年間留学して1997年4月に帰国した後に、牧野さんの「第二期鶏鳴学園の反省」がでました。その内容は衝撃的で、これは重く私にのしかかりました。
 衝撃だったのは、共同体や分業の止揚、大学や講壇学問の否定、研鑽への大きな期待、といった運動の根幹にあった理念が、ほぼ全否定されたような内容であったからです。私が前提とした(させられた)すべてが崩壊して、自分を支えるものがなくなったような心細さでした。
当時の私は牧野さんの考えを十分に理解できていなかったし、結局は牧野さんについていくだけで、自分で考える力がなかったのですから、自業自得です。
 私はそこから始めました。バラバラに砕け散った破片を1つ1つ拾い上げて、もう一度1つ1つを確認するために、ヘーゲル、マルクス、牧野さんの著作を読み直すことを始めました。
自分の中井ゼミを開始し、そこでは師弟契約に基づく師弟関係を始めました。契約者は最初は1人だけでした。今は10人ほどがいます。
そして中井ゼミで20年間、ヘーゲルを、マルクスを、牧野さんを読んできました。大学外でこうしたことを継続できたのは、師弟契約にもとづく強い信頼関係があったからだと思っています。また若い彼らの抱える問題を一緒に考えながら、第二期鶏鳴学園の運動について考えてきました。
私は今年、マルクスについて、二年前にはヘーゲルについて、本に考えをまとめました。そして今、自分なりに、第二期の総括をまとめられるところまで来たと思っています。
それを以下に、報告します。これはこれからの私の生き方、中井ゼミのありかたを確認するものです。

2 牧野さんの総括「第二期鶏鳴学園の反省」の確認

「第二期鶏鳴学園の反省」は失敗の総括としては3つの部分からなっています。(1)失敗の根本の原因、(2)失敗後の牧野さんの大きな変化、(3)研鑽についての反省、です。この順番に見ていきます。

(1)失敗の根本の原因として、牧野さんは「教師として」の間違いを挙げています。そしてその中で、共同体と分業の止揚の失敗をとらえています。
教師としての間違いとは、第一に「相手〔弟子たち〕の素質などを正確に判断しないで過大なことを期待したり要求したり」したことです。「哲学をやるというのは百メートルを十秒ゼロで走るようなもの」であり、「その素質のない人には無理なのです」。
そして「その不可能なことを追求するために、『共同生活で良い環境を』と考えたのが第二の間違いだったのです。つまり、言ってみれば『おんぶにだっこ』で十秒ゼロを実現しようとしたのです。それは原理的に不可能でした」。
これは牧野さん自身が設定した「教師の自戒」の第一原則「生徒の成長の過程を自覚して、順を追って生徒に練習させよ」の違反です。
 また、ここで分業の止揚の問題も出しています。分業をすぐに止めて自然生活を目指さなければならないと考えたのは間違いであった。分業の止揚のはずが、分業に否定になっていた。分業を否定することはできない。
「この世の中で戦って生きていくには、何らかの分野で人より優れているものがなければならないし、それを維持するために日頃から自分で勉強し続けなければなりません」。こうして改めて分業の意義を確認します。
そして、分業の問題を解決するには共同体というあり方とは「別の方法」を考えなければならないと述べます。しかし、その「別の方法」とは何かは書かれていません。
そしてこの教師としての反省の最後では、「その上、私には経営者としての才能も組織者としての才能もありませんでした」と述べます。これはつけたしであり、わずか36文字です。次の段落の冒頭には「〔我々の共同体は〕直接的には経済的に行き詰まり、人が去って終わりました」とあるのです。この経済、経営、組織のとらえかたの軽さには驚きました。
以上が(1)失敗の根本原因として牧野さんが挙げた内容です。それは一言でいえば、教師としての間違いだったとしているということになります。

したがって、第三期では、教師としての教え方を大きく変えることになりました。それが(2)にまとめられています。相手に過大な期待を持つことをやめた。素質ややる気のある人に限定して、自分の授業をその人をその人に限定してより良いものにすることだけを考えた。自分の仕事の限定をした。分業を推し進め、家庭教育は家庭教育に任せた。
 それはそれまでの大学否定の姿勢の反省にもなりました。「『大学ではダメだ』ということで鶏鳴学園を始めたのですが、共同生活まで追求してみて、結局大学以上のところは無理なのかと思うようになりました」。「大学を原理的に否定するのは間違いだ」。

そして、最後に研鑽についての反省(3)があります。第二期では研鑽、つまり話し合いと相互批判を、大変に重視しました。「私たちが今追求しているのは話し合いと自己反省の中で自分も相手も変わっていくことを前提してその相互研鑽を保障し高める主体的民主主義のシステムづくりだと思います」(『ヘーゲルと自然生活運動』の「あとがき」)。
この考え方にも大きな修正が加えられます。もちろん牧野さんも第二期での研鑽の成果を認めています。共同生活の失敗の状況下でも「暴力沙汰は一切なく、大きな声を出したりすること」もなかった。「ただ、考えが一致しなかっただけです」。
ここから「話し合いの調整能力を過大に考えていた」。「『言論の限界について認識しておく』ことを忘れると、『何でも話し合いで』という観念論になってしまいます。共同生活の中で話し合いによって変えうる範囲は極めて小さいことを思い知らされました」という結論が出ます。そして、ここから「そもそも人間変革などということは神の仕事であって、人間の考えて良いことではないのかもしれません」との思いが吐露される。

以上が「第二期鶏鳴学園の反省」の運動の失敗の総括部分の内容です。

3 「第二期鶏鳴学園の反省」の検討

「第二期鶏鳴学園の反省」を検討するにあたって、何よりもまず、牧野さんがこの運動を主導したリーダーとして、運動の失敗を認め、その原因についての反省を公表したこと、その責任の取り方と生き方の高さを確認したいです。多くの場合、こうした運動の失敗の際に、責任者は一切沈黙したり、何も語らないのが普通なのですから。
私はマルクスのことを考えるのです。彼は1848年の革命失敗後、そうした自己反省の表明はついにできなかったと思います。
 しかし、この総括文は次のような欠点を持っていると思います。ここにはリーダーの個人的な問題や教師としての反省はあっても、運動として、組織としての問題は明らかにされていません。経営や組織の運営については軽く触れるだけです。何よりも、哲学者としての反省、運動の理論、運動の原理原則の反省へと深まっていません。

(1)牧野さんの哲学の問題
失敗の根本原因を考える時、牧野さんは何よりもまず「哲学者」なのですから、その反省はまずは、その「哲学」そのものの反省にならなければならないはずです。教育者としての失敗、経済や組織の面での失敗があるのなら、それはその哲学の低さの結果として理解すべきではないでしょうか。
 牧野さんの「哲学」は相対的には他を圧倒していましたが、絶対的にはまだまだ低いものであったということなのだと思います。それは何よりも発展の理解の不十分さにあります。牧野さんは、現実の肯定的理解ができず、否定しかできず、止揚の道筋を示せなかったのではないでしょうか。
 発展の理解を問題にする場合は、存在の運動と認識の運動を区別して考えると、わかることがあります。牧野さんは認識の運動については立派な理論をまとめていますが、実際の存在の運動になると、その理解が弱かったということです。
 実際にそれは弟子たちについての理解に現れました。その素質、それぞれの発展過程を的確に理解することができなかったようです。そして結果的に甘やかすことになりました。それは牧野さんの総括文にも失敗の第一の原因として書かれています。
しかし、それは弟子たちに対してだけではなく、この現実社会について、そこでのビジネス、経営、経済活動や組織運営の面でも、その対象を発展としてとらえることが極めて弱かったと思います。
牧野さんは総括文の中で、経営や組織については軽く触れるだけで終わりにしています。これには唖然としました。
唯物史観の立場に立つ者にとって、物事の根本は経済の問題であり、それがその上に立つ組織と、その上の意識を規定するはずです。ところがここで牧野さんは自らの意識のあり方を第一の原因だとするのです。
私は牧野さんが経営をわかっていないと思ったことがたくさんあります。「ダンケのパン」の失敗、「鶏鳴出版」が大きな成功を収められなかったこと、そして第二期後半の共同体運動を株の運用で行おうとしたこと。それはバブル崩壊とともに決定的な負債を抱える結果となり、これによって運動は終わりました。共同体運動の失敗とは言えないレベルだった思います。この経営面の問題を、総括文では真剣に反省せず、どこにどういう問題があったのかを考えようとしません。
これは全体として牧野さんの認識が抽象的普遍にとどまりがちだったことを意味します。このことが牧野さんが現実の肯定的理解ができず、否定になったことを説明すると考えます。
牧野さんには、ヘーゲルの「現実的なものが理性的なものであり、理性的なものが現実的なものである」という際の「現実的なもの」の理解が不十分すぎたと思います。つまり、その思想や認識には、理性レベルではなく、悟性レベルのものが多かったということです。

第一期、第二期の鶏鳴学園は現実世界(固定した分業、私的所有、格差拡大、教育機関としての大学及び大学の教員のサラリーマンとしてのあり方の問題など)を止揚すると標榜しながら、実際は否定するだけで、それを真に超える原理を出せなかったのだと思います。
従ってそれが失敗した以上は、最初に全否定した現実世界にもどり、現実世界を肯定し、その大枠の中でできることをする、ベストを尽くすものになりました。それは、その運動が現状を「止揚」するといいながら、実際は「否定」になっていたために、その反省は「肯定」にひっくりかえることになったのだと思います。
 もちろん、牧野さんは、その大枠の中で他の研究者を大きく超える仕事をしました。しかし本当の反省をし、新たな運動を組織することはできなかったと考えています。このことは牧野さんの第三期の仕事全体のレベルを規定していると思います。例えば、『関口ドイツ文法』は他に類を見ない大きな仕事ですが、関口ドイツ語学に可能性としてあった理性的なものを切り捨て、悟性的なレベルでまとめていると思います。また牧野さんの許万元さんへのこだわりにもおかしなものを感じます。許さんについてはすでに牧野さんによって、その根本への批判は終わっていると思います。どうして今も許さんを問題にするのでしょうか。

人はどんな人にも自らの限界があります。挫折があった時に、それを超えられる場合もありますが、越えられない場合もあります。誰もが人間としての限界を持ち、さらに時代の子なのですから当然のことです。牧野さんが自分の限界を自覚し、その限界内でベストをつくすように生きようとしたことは立派でした。しかしそれがどの程度までできたかは、また別に考えるべきだと思います。
私自身は牧野さんの第三期の道は取りません。私は、牧野さんが第一期、第二期に打ち立て、実践した理論と運動の中に、今の現実社会を超えていけるものがあると思っています。それを明らかにし、その実現を目指すのが私の課題です。つまり改めて牧野哲学の意義と限界を明らかにし、それを継承し、真理を実現することです。その際に、自分、自分たちの限界の自覚。それをわきまえた言動を心がけるつもりです。

牧野さんの哲学の問題については以上とします。次に、牧野さんの個人的な問題を考えたいと思います。

(2)牧野さんの個人的な問題
牧野さんの総括文を読んで、まず思うことは、牧野さんという人の理論の高さ、志の高さと、実際の運営、実践との間の驚くべき乖離と落差です。これは理論と実践の不一致の問題で、誰もがそうした問題を持っているのですが、牧野さんの場合は大きすぎます。これは先に述べた牧野さんの哲学の弱さの原因でもあり、結果でもあると思います。
 牧野さんは、個人としては善意の塊のような人で、普通の意味での理想主義者です。実行レベルでも、妥協せずに、信念を貫ける人です。しかし、人の弱さ、醜さ、悪の部分を直視できず、そうした人に振り回されたり、引きずられたりします。
総括文にもその反省がありますが、そこにないのは、「人の弱さ、醜さ、悪の部分」が牧野さん自身についてもあったし、しかも大きかったことへの反省です。その点の自覚がとても弱いと思います。
これは大きく言えば、牧野さんが性善説で性悪説の立場ではなかったということです。自分の中に巣くう大きな悪を見抜き、それに対処していく力が弱かったということです。
また個人の性格というレベルでも問題があります。牧野さんには、すぐに調子に乗るという欠点があると思います。性急さ、焦る、あわてる、こうした傾向性を押さえることができないといった問題もあります。これは改善されることはありませんでした。むしろ危機的な状況の中では、それらはより大きな欠陥として現れました。

もちろん、人は誰でも長所も短所もあります。ですから個々の問題があっても、全体として運動を前に進めることができればそれでよいのだと思います。そしてそのための大きな役割が研鑽にあったのだと思います。それが実際は機能しなかったということこそ、哲学者としては反省すべきではないでしょうか。

(3)研鑽について
牧野さんの研鑽についての総括には、私は異論があります。
牧野さんも第二期での研鑽の成果を認めています。共同生活の失敗の状況下でも「暴力沙汰は一切なく、大きな声を出したりすること」もなかった。「ただ、考えが一致しなかっただけです」。
そしてここから「話し合いの調整能力を過大に考えていた」「共同生活の中で話し合いによって変えうる範囲は極めて小さいことを思い知らされました」という結論が出ます。

これは私の理解とは大きく異なります。私の理解では、研鑽の力は前期では機能していたと考えます。先生と生徒の間で先生からの率直な指摘、アドバイスができるようになった。さらに以前は鶏鳴学園には先生と生徒の関係しかなく、仲間同士の研鑽がなかなかできていなかったです。それが、「成績発表」として各自が自分を含めた全員についての評価、批判をするようになり、その解決につながっていました。同じ先生を選んだことこそが、相互の信頼関係を深め、その研鑽を可能にしたと思います。こうした研鑽の成果が前期の学習上の成果だったと思います。
 問題は後半です。この後半においては研鑽の力はほとんど機能しなかったと思います。
なぜでしょうか。共同体運動は牧野さんの夢であり、目標でしたが、他の弟子たちにはそうではなかったからです。そこでは共同体運動を自発的に希望するメンバーはいなかった。
共同体運動に舵を切ったのは牧野さんであり、弟子たちがそれに参加したのは、事実上は牧野さんによる強制でした。それに参加しないものは運動から去らなければならなかったからです。すでに皆、それまでの仕事を辞めて退路を断っているのであり、追い込まれていたのです。
共同体に参加したメンバーも、牧野さんに言われて嫌々ながら、半信半疑でやるというのが実態であったと思います。私自身のことはすでに「1 前置き」に書いた通りです。
 さらに、師弟関係の中には大きな問題がありました。「先生を批判するな」として、牧野さんへの批判が禁じられていたために、共同体運動への反対、批判、疑問を抑え込むことになりました。それは牧野さんを絶対化しそれに従うという、全体主義への転落を意味しました。そこには主人と奴隷の関係しか存在しません。
したがってその状況下で共同体運動を、みなで冷静に検討することはできず、また共同体運動が始まった後も内部での研鑽は十分には機能しなかったと思います。これについては、師弟関係論の問題として後述します。

 以上、牧野さんの運動の研鑽の問題を述べてきましたが、私は今も研鑽の可能性を信じています。本来は正しい師弟関係と正しい仲間の関係があるならば、それは研鑽を深め、また逆に研鑽によって師弟関係と弟子相互の関係を深めることが可能であり、それこそが共同体運動を可能にしただろうと思います。その可能性は研鑽の成否にかかっていると思います。

※つづきは明日掲載

12月 15

「牧野哲学の総括」について

牧野紀之は私の師(先生)である。牧野は自らの師弟関係論で、?先生を選べ、?先生から徹底的に学べ、?先生を追いこせの三原則を示している。私はそれに同意し、私の先生として牧野を選んだ。30歳の時だ。それから40年、今の私があるのは牧野のおかげである。
牧野の考えやその言動には、同意できず対立したことは数多い。しかし牧野を先生に選んだこと自体を間違いだったと思ったことは一度もない。これは本当である。私にとって牧野はただ一人の先生である。

約3年前に牧野哲学に対する総括文を書いた。これは私もそのメンバーの一人として参加した牧野の思想運動「自然生活運動」に対して、私が今どう考えるのかを明らかにするものである。
それを提出するのがここまで遅くなったのは、牧野の思想が私にとっては大きく広く深かったからである。それは、ヘーゲルとマルクス・エンゲルス、レーニンなどが前提になっている。それらを検討し私の代案を出すのに時間がかかった。
しかしこの総括はどうしてもしなければならないことであった。私が思想を持って生きようとするならば、果たさなければならない最低限の責任であった。

この文章を書き上げる際に、私にとってもう一つ大きかったことは、牧野の批判をするならば、陰でこそこそするようなことはしてはならないという意識である。まっすぐに正面から牧野にそれを表明するようなものでなければならない。牧野が死んだ後に、それを出すような姑息なことをしてはならない。それは卑怯だからである。
そこで牧野宛の手紙の形式にした。これは実際に、牧野に2023年正月に手紙として送ったものである。牧野はすでに目が悪かったので、大きな大きな字体で印刷して送ったので、 かなり分厚いものになった。しかし牧野はそれでも読めないということだったので、全文を朗読し、その録音をしたカセットテープを牧野に送った。すると今度は聴き方がわからないと言う。その後、何とか聞いてもらえたようだ。その年の春に牧野からの電話で、聴いたと言う事実を伝えられ、牧野のコメントをもらった。拙文への牧野の答えは、牧野の『哲学の授業』という本で出しているというものだった。
私は牧野が私の総括文をとりあえず受け止め、彼からの返答をもらったことに一応満足し、これで1つの区切りとなったことを確認した。
 私がこの総括文を書き上げた時に思ったのは、「間に合った」ということである。牧野の死に間に合ったという感慨であった。

 牧野にこの総括文を送ってから3年が過ぎようとしている。これをすぐにこのブログに掲載しなかったのは、少し寝かせておきたかったからである。それがなぜ今、このタイミングで公表するのか。来年の2月か3月に拙著『ヘーゲル哲学を研究するとはどういうことか』が刊行される。これは牧野の『ヘーゲル研究入門』の増補版にあたる。それだけではなく、これは私の現時点でのヘーゲル哲学への総括文となる。
 このヘーゲル哲学への総括は、私にとって牧野哲学への総括文と重なる。私にとって2つは切り離せず、常に2つで1つだからである。
私は、拙著の読者がヘーゲル哲学への総括と併せて、牧野哲学への総括をも読めるようにしたかった。逆もしかり。この牧野への総括文を読む人には、私の本をも読んでほしい。
そこで、このタイミングで、公表することを決めた。読者には、両者が響き合っていることをおわかりいただけるだろう。

「牧野哲学の総括」は明日から2回に分けて掲載する。
これは、牧野に送った文章のままであり、文章を変えてはいない。その後の3年で考えたことはあるので、それは最後に「追記」としてまとめた。

■ 目次 ■

牧野哲学の総括      中井 浩一

1 前置き 第二期鶏鳴学園の挫折と牧野さん自身による「第二期鶏鳴学園の反省」
2 牧野さんの総括「第二期鶏鳴学園の反省」の確認
3 「第二期鶏鳴学園の反省」の検討
(1)牧野さんの哲学の問題
(2)牧野さんの個人的な問題
(3)研鑽について
4 中井の代案 その1 師弟関係論
(1)師弟関係論「先生を選べ」の正しさ
(2)カンパは乞食、オルグはお節介
(3)生徒の側の二つの段階の区別
(4)先生の二種類
(5)個人崇拝の問題
5 中井の代案 その2 マルクスの思想の問題
6 これからの課題

 追記

12月 13

来年1月から7月までの中井ゼミの日程をお伝えします。

月の前半は、文章ゼミ+「現実と闘う時間」を行い、
月の後半では、読書会を行います。
いずれも日曜日で、午後2時開始予定です。
オンラインでの実施予定。

「現実と闘う時間」は、参加者の現状報告と意見交換を行うものです。

参加希望者は今からスケジュールに入れておいてください。また、早めに申し込みをしてください。
ただし、参加には条件があります。

参加費は本年4月から改訂しました。
文章ゼミ+「現実と闘う時間」は1回4千円、
読書会は1回3千円です。

1月
 11日
 25日

2月
 8日
 22日

3月
 8日
 22日

4月
 12日
 26日

5月
 10日
 24日

6月
 7日
 21日

7月
 5日
 19日

1月から3月の読書会では
古代ギリシャ哲学の読書会の記録を読んで、再度、考えたいと思います。

関心のある人は連絡ください。テキストをお送りします。

4月以降の読書会テキストは、決まり次第、連絡します。

中井ゼミへの問い合わせや参加希望は以下にお願いします。

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  連絡先 〒113?0034
  東京都文章京区湯島1?3?6 Uビル7F
       鶏鳴学園 ゼミ事務局
  
 事務局メールアドレス keimei@zg8.so-net.ne.jp

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12月 12

日本の近代化と夏目漱石

これからしばらくは、日本の近代化についての私の考えをまとめていくつもりだ。来年の2月か3月に刊行予定の拙著 『ヘーゲル哲学を研究するとはどういうことか』の中で、19世紀から20世紀までの世界史について、それを発展としてまとめたのだが、何よりも日本についてそれを行わなければならないと覚悟したからだ。

もっとも、日本の近代化についての私見をまとめることは、この30年間ずっと考えてきたことで、その準備は常に積み重ねてきたつもりである。それを形にして示す段階になったと思う。

例えばこの数年は近代化においての日本語の問題について研究を重ねてきた。近代化とは後進国においては、西洋の文明、文化の輸入、移植であるが、日本はそれに一応成功したと言える。それはなぜか。
それは日本の翻訳語の役割が大きい。漢字の二字熟語を大量に作成し、それによる自動的な置き換えが可能になった。さらに、日本語の文体の変化の問題である。加藤周一や丸山真男らを参照しながら、調査をしてきた。

近代化について考え始めたのは、30年ほど前にさかのぼる。1994年から2年ほどかけて、福沢諭吉の『文明論之概略』を丸山真男の『「文明論之概略」を読む』を参考にしながら読んだ。

それから、夏目漱石の「日本の文明開化」や「私の個人主義」などの『文明論集』は常に私の傍らにある。これは常に私の話し相手となってくれた。「私の個人主義」は、塾の高2クラスのテキストである。今日本の教育界で大流行の「個性」教育の浅薄さ、軽薄さ。それは夏目の言う「個性」とどれほど違うものか。

さらに、戦争中の山本有三たちのことも考えてきた。それは彼が中心になって、戦争のさなか新潮社から子ども向けの文庫を作ったことに関心を持ったからだ。『日本小国民文庫』である。その中に、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』が入っている。そこに編集者として参加したのが石井桃子であり、少年少女のための世界中のすぐれた読み物が収録されている。彼女は戦後の子どもの本のための活動の中心であった。
旧石井邸を訪れた時、その寝室にひっそりと夏目の全集、それも廉価版がおかれているのを見て、納得した。石井たちの試みは、夏目の問題意識をまっすぐに受け止めているのだろうと思う。

山本有三は近衛文麿の友人であり、山本は近衛から東條英機に対する暗殺計画を打ち明けられており、それが成就した時の声明文の執筆を依頼されていた(山本の『濁流』)。これには驚いた。

日本の近代化がどう展開し、どのような終わりを迎えたか。
日本は敗戦後に高度経済成長に邁進した。GDPにおいてアメリカに次ぐ世界第2の地位を得た時の、それに舞い上がった姿。そしてバブルがはじけた後の、今日までの姿。
それは夏目の言う「上滑りの開化」そのものの当然の結果ではないだろうか。

日本の近代化を考えようとする時、私には何人かの日本人が念頭にある。
しかし、この問題を考えようとする時、いつもまず夏目漱石を思う。
私は常々日本が近代化における「後進国」として、一方で強いコンプレックス、弱さ、悲しさを持ち、しかし同時にコンプレックスの裏返しの強烈なプライド、強がり、ナルシシズム、他者への傲慢さ、ナショナリズム、暴力を持つこと、この二面性を考えている。その典型を、ヤクザ映画に見る。
こうした矛盾の問題を、自分自身の問題として取り上げ、 深く考え抜きその答えを出した稀有な日本人。それが夏目だと私は考えている。私が最も信頼している日本人だ。
だから、夏目の学習から始めたいと思う。ただし問題はある。夏目の思考や表現は悟性レベルにとどまっており、理性レベルにはほど遠い。そこでその悟性レベルにとらわれると、夏目の真意がわからないままに終わる。
だから、夏目は理解されてこなかったし、今も理解されていない。いろいろと議論されているが、夏目の真意に届くには程遠い段階である。
そこで私は夏目の悟性レベルのものを、理性レベルで整理し直さなければならない。それを引き受けた上で、日本の近代化を深く考えるための問題提起にしたいと思う。

なお、誤解がありうるから説明する。夏目が悟性レベルであったことは事実だが、それをあげつらう気持ちはない。夏目の思考力は低かったが、夏目はその低い能力にもかかわらず、彼が真理を追究しようとする意欲の強烈さによって、それを超えかかっていた。
問題は、当時も今も、夏目以上のレベルで、この問題を考えられる人がいないことである。まずは夏目を読もう。

本年10月には夏目漱石著「現代日本の開化」の読書会を行った。その記録を掲載する。

■ 目次 ■

夏目漱石著「現代日本の開化」読書会の記録 鈴木英規

1.参加者の読後の感想
2.本題(大枠の確認)
3. 参加者の読書会感想

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◇◆  夏目漱石著「現代日本の開化」読書会の記録   鈴木英規  ◆◇

読書会の記録
? 読書会日時:2025年10月19日
? テキスト:夏目漱石(1911)「現代日本の開化」
テキストは『漱石文明論集』三好行雄編 岩波文庫
形式段落に番号を付けた。ページ数、行数などはこれによる。
? 参加者:(中井さんを含めて)11名
? 作成者:鈴木英規

〇=参加者の発言  ●=中井さんの発言

1, 参加者の読後の感想

〇Aさん:立体的構成の宿題が出たことは「もっとも」で、「ここからはレベルを変えるよ」という意識がある書き方・しゃべり方をしている。こうした論理的なものが漱石の小説の中にある。特に『吾輩は猫である』にクッキリとした立体性を感じる。(今回のテキストは)講演なんだけれど、論理がある。疑問点としては、文明開化で、日本にダーッと入ってきた西洋文明の「(鉄道のような)物質面」が、あんまり意味がないよ、こんなのは本当の発展じゃないよ、と言っていて、もう一方の「精神面」の話は、抜けているのか、わざとしていないのか、とにかくない。漱石は開化の流れを「便利になっていく方向」と「贅沢になっていく方向」に分けて、これらを「物質面」で議論していて、どうして「精神面」の話がないのかな?と思った。
〇Bさん:(自分は)立体的構成をとらえることができないんだなぁ、ということがわかった。わたし個人の内発的な成長には、すごく時間がかかる。中井さんの指導は内発的な成長を促している、外発的ではない働きかけをわたしたちにしている、と思いながら読んだ。
○Cさん:?落語みたいだな、と思った。「やっと気合を懸けてぴょいぴょいと飛んでいく」とか、「ぼつぼつ縫って」といった表現がおもしろい。他の講演でも、漱石は「前置き」が長いな、と思うのだが、その半分は前置きと見せかけて「話の前提」を言っているんだな、と思った。西洋との比較については、自分が英語を専門にしてやっている頃の「欧米人と付き合うことの気持ち悪さ」を感じた。今の自分にある「足の不具合」は、神経衰弱の端くれみたいなものなのか、と思った。わたしの一番のストレスは実家のこと。「完全男尊女卑」「長男だけが大事」から、戦後の「男女平等」「核家族」へと、気合を懸けてピョイって飛ぶこともなく、ただそうなってしまったという「恐ろしい外発的な開化」と、わたしは戦ってきた面がある。それに加えて、50歳頃から(外発的に)ピョイピョイと飛んできて、そうしたことで足が動かないのかな、と思った。疑問点としては、?二種類の活動について、それらは「二つで一つ」ではないのか?例えば電車・汽車は「活力節約」というけれども、電車・汽車を走らせたという科学者の燃えるような思いは「活力消耗」によるのではないのか?それから、?「外発的開化の心理的影響」の説明が腑に落ちない。「西洋が長年かけて戦ってきた歴史」ではなくて、あれなのかな?(中井さんが言うように)「哲学ではなく文学だから」こうなるのか?それとも「日本人の側の空虚さ」を表現するためなのか?
●落語のようなはじまりかた:?夏目の講演のほぼすべてがこう。これにどういう意味があるのか、という問いが立つ。?開化のナカミとして「二種」とは何なのか?開化(近代化)の説明に、こういう仕方は他にない。とんでもない説明の仕方をする、これは何なのか??内発的ではなくてはならないんだという理由を、夏目は説明している。人間の意識は本来、内発的にしか動かないんだ、ということを言っている。
○Dさん:夏目が批判しているのは自分のような人、「西洋を学んで、他者にしたがって、いい気になっている人」なのでは、と思った。疑問に思うこと?「義務(16‐7頁)」について。「積極的な活力消耗」が「義務」で表せることなのか??「パラドックス」の話が、その後の「現代日本の開化」の話と、どう関係するのかわからなかった。
●「パラドクス」の話は、その後につながっていないと思う。1.一般的に近代化には負担がかかる。2.後進国が近代化することがどれだけしんどいか。日本のような後進国が近代化するのは二重にしんどい。それなのに、よくノイローゼにも胃潰瘍にもならずに平気で生きているね、ということ。強烈な皮肉をぶっ放している。
○Eさん:中井ゼミでは内発的な生き方の指導をしているが、国の開化も内発的でなければならないというのが面白いなと思った。疑問点は、開化の活動が、「義務の刺激に対する消極的な活力節約」と「道楽の刺激に対する積極的に活力消耗」とあって、何でこの二つなのだろうか?
〇Fさん:?これが書き物ものではなく、講演の記録であることの驚き。講演は語りだが、これだけ論理(特に「対」)を意識的に語っている。それまでのとは違うという感じがした。?傍流として「定義=静的で限界がある」と語って、それで終わると思いきや、開化を運動で説明していく。夏目が、シッカリと組み立てて語りをやっていることがわかった。?開化は外発的ではなく、内発的にやらなければならない、でも実際、日本人は外発的にやっている、というような話を、ただ日本と西洋との比較でするのではなく、話し手である自分と、今目の前にいる聴き手(聴衆)との関係に当てはめて語っている。圧倒的に高い能力の人から教えを受けるとなると、その時点で「外発的」に捉えざるを得ない。中井さんの教えを「内発的」なものとして受け取れるか、それは絶えず受け手の主体性にかかっている。
●(このテキストは)講演であって評論文ではない。書きことばではなく、話しことば。この夏目の語りをどう考えるのか?他にこう語れる人はいない。講演会には、話す人と聞く人に上下関係がある。その上下関係とは、静的で、そもそも外発的になるもの。夏目は、それを絶えず壊していかなければならない。その仕方として、聴き手の立場から具体的に説明する。「俺の話は1時間が限界でしょ?2時間3時間続けたら意識は他にいっちゃうでしょ?だから45分で終わらせます。もうちょっとの辛抱ですよ…」夏目は、こういう語り方をする。相手の立場で具体例を出していく。まさに今、ここであなたに起こっていること、これを例に出していく。自分が使う「内発的」ということばの意味を、とことんわかっている。このレベルの文化人が他にいるのか?こういう人を他には知らない。
〇Gさん:立体的構成の課題に取り組んでみて、改めて、自分の立体的構成力を高めたいと、思った。批判・疑問?「こんがらがって変化して…」「錯綜して混乱した」「入り乱れたる…」といった表現は、なぜ、もっとハッキリと「矛盾の対立を深める」という表現にしないのか??なぜ「パラドクス」のような外来語を用いるのか?「矛盾」と表現しないのはなぜなのか?感想?:(個人に関して)牧野の「先生を選べ」の、「自分の能力は自分で高めるしかない」「人類の精神的財産の真理を、自分の脳力を通して自分で創造する行為」と通じることを感じた。?(社会的に関して)高度経済成長でナンバーワンだと言われながら、この30年の間にGDPでドイツに追い抜かれたのは、日本全体が30年間神経衰弱にかかっていた必然的な結果ではないのか?何を目的に生きていけばいいのか、答えが出せないこととつながっているのではないか?
●夏目の言っている日本の開化がとことん「上滑り」「空虚」「うそ」であること。これを今、僕たちはかみしめているし、かみしめなければいけないと思う。それから、夏目は「ゴチャゴチャ…」「入り乱れて…」という表現を使って、「矛盾」ということばを使わない。夏目は、これをわざと、意識的にそうしている。そうする夏目の側の理由がある。日本では、「日常のことば」と「モノを考えるときのことば」が完全に分裂・分断されてしまっている。それを、夏目は「日常語」ですべてをやろうとしている。夏目にとって、「日常語」と「専門用語」とが何の関係もなくあるのが日本。それらをどうつなぐことができるのか?この意識が強烈にあるのが夏目。これを見て、僕はソクラテスやプラトンを思う。つまり「対話篇」。こうした根源的なところに立ってやっている人って、夏目以外に知らない。何を問題にしようとしているのか、そのレベルが全然他と違う。
〇Hさん:英国留学で神経衰弱にかかった漱石と、ウツで何もしたくなくなった私との同型性に着目せざるを得ない。クリティカル・リアリズムを紹介する際のジェスチャーがあって、左手が現実・世界で、右手がそれを言い表す言葉だよ。要は、それらのバランスなんだよっていう、いわば「日常言語」を用いた説明の仕方なのだが、それを哲学の「専門用語」で説明すると、社会には「自動詞的な側面(intransitive)」と「他動詞的な側面(transitive)」、つまりは「自らの法則・メカニズムで自ずから変化する側面」と、「人が外側から力を加えて状態を変化させる側面」とがある、ということになる。この議論とは、結局のところ、夏目がこのテキストでしている、開化の「内発的な性格」と「外発的な性格」ではないのか?100年前に夏目が悩んでいたことも、クリティカル・リアリズムでわたしが悩んでいることも、それほど変わらないのではないか?そう思った。それから、結論部分の「どうすればいいか?」→「いや、どうにもならないよ」が、わたしのウツ状態に似てるなぁ、と思った。聴き手はこれを聞かされて、どうだったんだろうか?聴衆には一般的な人が多くて、「夏目先生、今日はよい勉強になりました!」のような反応が多くはなかったか?
●夏目の結論はいったい何なのか?この講演の結論っていったい何なのか?ここが重要だと思う。夏目は「専門用語」を使っていない。ごく普通の人に、ごく普通の人がわかるように語っている。普通の結論とは違う。普通の結論とは、聞いた人がホッコリするとか、ちょっと元気になるとか、「今日はよい話を聞けて良かったなぁ」「明日からまた頑張ろう!」というようなもの。ところが夏目はみんなに水をぶっかけた。最後までみんなが集中して聴いてくれて、わかってくれないと、水ぶっかけられたこともわからないで終わるから、「水ぶっかけられたんだ」とわかるように話しているわけ。とにかくすばらしい。他と全くレベルが違う。僕が日本人で一番信頼している人が夏目漱石。
〇Iさん:参加の理由:自分に読解力がないことに気づいたから。感想:夏目が現代に生きていたらどういう感想がでてくるのだろうかと思った?

1. 本題(大枠の確認)
●立体的構成
普遍:一般的な近代化(西洋の近代化)
特殊:日本の近代化(後進国の近代化)
●今回の課題は、「普遍」と「特殊」の二段階が読み取れていなければならない。この講演は、どこから「普遍」の話が始まっているのかが悩ましい。「特殊」の話へは12段落で移っている。
●テーマ・結論の解答例:「神経衰弱にかからない程度に内発的に変化するのが良い」「内発的に推移していない日本の開化はウソだ」「近代日本の開化の特殊性とは、本来開化が内発的に行われるべきなのに外発的に行われることで、日本人の意識に対し苦しみを減らしも維持もせず、むしろ増すことだ」「神経衰弱を覚悟せよ」など。(正解は)これらのレベルではない。
●この講演の目的は、聴衆に水をぶっかけること。聴衆に水をぶっかけたら、この講演の目的は達成したということ。この講演は神経衰弱になれないお人よしを相手にしている。神経衰弱になれる人はマシ。何か異常が起こったとわかるから。それがわからない人がいるから、水をぶっかけるしかない。みなさんはお人よし。夏目にお人よしの面はない。夏目の腹には「悪意」と「作為」がたくさんある。
●夏目は何を目的に語っているのか?この講演は、日本が日露戦争にかろうじて勝ったころ、日本中が浮かれていたときに行われた。そのころの日本の在り様(軽薄さ)を、夏目は苦々しく思っていた。そうした状態に夏目のできることは何か?できることなどないとはわかっていても、それでも夏目にできる精一杯のことが、その頃の浮かれている日本人に水をぶっかけることだった。

●1段落。冒頭(8頁)「はなはだお暑いことで、こう暑くては…定めしお苦しいだろうと思います」おちょくっているというか、落語の話のつかみのような、聴き手を笑わせ、ゆるませ、そういうことをやる。夏目の講演は全部がそう。これが何のためなのか?「今のままでは遅かれ早かれ日本は破綻するよ!」これを伝えたいわけ。なのに話は実にゆるーく始まる。
●2段落。「その開化をどうするのだと聞かれれば…あなた方のご高見にお任せするつもりであります」(10頁・2行目)「結論なんかない」と言っている。開化を説明して、そこからどういう結論を導き出すか、それはあなた方ひとりひとりの自由です。あえて結論は言わない。水をぶっかけるのが目的なのだから。
●3段落。11頁:「開化」を定義すると言いつつ、定義をしない。定義がいかにインチキかっていう話をし始める。じゃあ定義の話はしないのかと言えば、する。こういうのを「韜晦(とうかい:自分の才能や本心を何かほかのことで隠すこと)」という。わざと話をわからなくする。「定義はこう→次はこう→次はこう→次はこう→結論はこれ!」というのが普通のやり方。それを、わざとはずしている。型通りのものをはずしていく。「早くやれ!」って怒られても、夏目はシレーッとやり続ける。ヘロヘロ・ヘナヘナする。ゆるーくやっている。なんという図々しさ。
●4段落。13頁・後から2行目:「いよいよ開化に出戻り致しますが…」本題への入り口にやっとたどり着く。「玄関」までゆうに7頁ある。冒頭の枕話が長い。それを夏目はわざとやっている。これは何の目的でやっているのか?どういうメリットが夏目にあるのか?
●5段落。夏目の定義を出している。「開化は人間活力の発現の経路である。その活力には2種類の活動がある。
●6段落。15頁:開化には「積極的なもの」と「消極的なもの」とがある。「活力節約の行動」と「活力消耗の趣向」。「義務」と「道楽」。近代化とは何かが問いなのに、こういう説明をする。そんな人は他にはいない。これをヘーゲルに聞かせたら、何を言っているのかわからないと思う。
●7段落。17頁・後から4行目:道楽が進んで文学になり、科学になり、哲学になる、と言っている。ここでは、いわゆる精神文化の話をしている。その反対が「物質面(産業)」の話。(マルクスのことばで言えば)生産力と生産関係の話。その話が前半部にあって、それに対する上部構造の話が、夏目の言う「道楽」の話。夏目は敢えて(八割がた)わかってこういう言い方をしている。このあたりはものすごく雑な言い方をしている。ちゃんと考えたらこんな枠組みでは考えられない。例えば、科学や哲学が物質面とどういう関係にあるのか?こう考えなければならない。ただ、二つがあって、ゴチャゴチャして…なんて言い方ではわからない。下部構造と上部構造は、下部が上部を規定しているが、結局は上部が下部を規定していく。下部構造と上部構造とは、二つで一つ。本来はこう説明すべき。でも、夏目はそういう説明の仕方はしない。どうしてしないのか?→誰が聴きに来ているのか?聴きに来ている人がどれだけの深さで理解できる人なのか?それはもう、理解できない人たちであるとわかっている。理解できない人たちに問いかけて、目的はただ一つ、水をぶっかけたい。水をぶっかけるところまでは連れていかなければならない。(もう1つの理由は夏目自身の能力不足だが、それはここでは問わない)
●8段落。17頁・最後:「消極的な活力節約」と「積極的な活力消耗」が「互に並び進んで、コンガラガッて変化して行って…」これは科学のことばではない。夏目は、一方で、科学のことばを使おうと思えば使える。でも、落語でやっている。
●9段落。20頁:道楽の話。和歌の浦のエレヴェーターの話。これは、科学が発展したことでこの道楽が成立している。だから、二つは一つ。
●10段落。21頁:ヘーゲルで言えば、まず欲求・衝動から始まる、それが精神的なものへと発展していく。基本的に、内発的なもの以外に発展はない。そうした発展の中で、人間が自然とのかかわりで生産力を高めて、社会が発展する。内面的には人間の欲求・衝動が満たされていく。それが精神的な欲求・衝動へと高まっていく。これが実際の原動力で、社会を変えていく。夏目はこうした小難しいことを一切言わない。

●11段落。21頁:夏目の「パラドックス」=「ちょっと聞くと可笑しいが、実は誰しも認めなければならない現象」。鶏鳴学園での「パラドックス」=「対」かつ「言い換え」。
●夏目の説明は科学的ではないが、近代化は現時点での発展の最高レベルであるから、精神面の物質面も発展してきたんだが、それはいったい何のためなのか?
●22頁:近代化でわれわれの生活が楽になるのか?生産力が上昇する。ものが豊かになる。交通が便利になる。しかし、近代化とは「生活が楽になり」「便利になっていく」なんてことばで済むものではない。ヘーゲルのことばではexistence(現実存在)の段階であるということを、関口存男が言っていて、それを牧野が説明している。
●日本が江戸時代の農業国で、まだ商業が発展していないとき、自然の成長・発展は大きな変化が起こらないから、自然のリズムで生きていればよかった。遠い所へ行けないし、ずーっと同じところで生活するし、絶えず同じ人たちと生きている時代だった。そうした自然から切り離されて、工場労働者になって、生産性は飛躍的に伸びたけれども、生活が幸せになったか?マルクスの解答:そうではない。プロレタリアートはただ搾取され続けるだけ。ドンドン苦しくなるだけ。だから革命が起こるんだ。生産性が上がれば上がるほど、社会構造が変わってみんなが幸せになる、とはならない。
●22頁:夏目の説明の仕方「開化が進めば進むほど競争がますます激しくなって生活はいよいよ困難になる」「この開化は一般に生活の程度が高くなったという意味で、生存の苦痛が比較的やわらげられたというわけではない」夏目のこの説明を聴衆はどのくらいの実感をかんじていたのだろうか?
●23頁3行目から:「(昔は)死ぬか生きるかの競争」→「(今日は)生きるか生きるかの競争」ここで夏目は、話についてこれるよう、聴き手にわかるような具体例を出す。「人力車を引く人」→「自動車を運転する人」人力車のレベルで生きていた人が、自動車の方へシフトしないと、生活が成り立たなくなる。自動車を持たなければならなくなる。そこで取り残される人も出てくる。こうした競争が社会に組み込まれている。絶えず前に進むしかない。置いて行かれれば負け犬。楽になることはない。ただ苦しくなる。
●25頁真ん中:「開化の生んだ一大パラドックス」そこには自由選択があって、競争から降りることもできなくはないけれど、それは難しい。本来、成長とは内発的なもの。それなのに、よい大学に入りたい、よい会社へ入りたい、その中で出世したい、これって内発的なのか?これが外発的になっている面があって、会社が生産性をあげるために、いろいろな組織的な動きを作っていく。内発的にやらせながら、それ自体を外発的にやっている=ペテン。会社は社員に内発的なふりをさせながら、外発的にやらせている。目の前にエサをぶら下げられて、走らされている。でも、結果的に走っている。前に進んでいる。ここに大きな矛盾がある。世界中どこでも人間の発展・成長は内発的。でも、それを外発的に、とりあえず起こるようにすることが社会の発展になるという側面は、リアルな現実。

●12段落。25頁目:これまでの話は一般的な矛盾であって、ここからが今日の本題である日本の話。そもそも近代化には矛盾があって、前進しても生活は楽にならない。しかし、日本の近代化はこれだけでは済まない。
一般的な矛盾
   日本の特殊なケース
●13段落。26頁:西洋の開化は内発的、日本の開化は外発的。
近代化は基本的には内発的な力で生じるが、社会の外発的な強制力で実現している。このことは、西洋の中にすでにある。それを、西洋(先進国)対日本(後進国)という関係に置くことで、内発性と外発性の矛盾がよりハッキリと表れる。これが論理的な説明だと思う。しかし夏目はそう説明はしないけど…
●近代化一般は、内発と外発が「二つで一つ」で動いて、そこには絶えず「強制力」がある。マルクス唯物史観で言うなら、社会の発展は内発的な力が推し進めるものだけれども、そこには絶えず階級闘争があって「強制力」がある。敗れる側の階級は、絶えず内発的に前進して、「強制力」によって外発的につぶれていく。それらは切り離せない。同じことは西洋(先進国)と後進国との間にも当然あって、西洋の産業構造の、原料の供給地であり市場の提供地が植民地。後進国は植民地化され、日本もそうなっていく。これは「強制力」で外発的。自分で近代化しなければ植民地になってしまう。それがいやなら、自分の力で近代化しなければならない。日本は独立するのか?それとも西洋の属国になるのか?
●26頁・後から3行目:「自己本位の能力が失われた」この表現に注目。この先の課題「わたしの個人主義」でも、すべてが「他者本意」になり、西洋の言いなりになっていく。自分たちの内発性でやっていけない。外発的な力でムリヤリ近代化をするしかない。
●27頁5行目:「我々よりも数十倍労力節約の期間を有する開化」「我々よりも数十娯楽道楽の方面に積極的に活力を使用し得る方法を具備した開化」これは量的な説明であって、低レベル。本当は、日本が近代化しなければ西洋の属国になってしまう、という話。強制力の話であって、日本の近代化・開化は外発的に決まっている。夏目は、なんでそれをハッキリと言わないのか?この程度にとどめているのか?

●14段落。28頁3行目?32頁5行目:内発性の説明。
少し先回りして15段落はじめ:「これだけ説明して置いて現代日本の開化に後戻りしたらたいてい大丈夫でしょう」2回目のセリフ。本筋の話から脱線する箇所をたくさん設けて、次のレベルについてこられるよう、夏目は用意してくれている。そういうところ(14段落)は大事なところ。
●28頁:何とかついてきてよ、もうちょっとの辛抱だから…と言いつつ、間奏曲が長い。「これを意識というのであります」ここで、ヘーゲルを学んでいるわれわれは「内的二分」の話かなって思わなければならない。これこそがノイローゼを生むのだから。しかし、その話は難しいから、夏目はしない。「こんな話をすると、かえって込み入ってむずかしくなるかも知れませんが…」眠りそうになってしまうから、夏目は「起きて!起きて!」と入れるが、もうこの時点で、ほとんどの聴衆が寝ている。なんとか起きて!という必死の作業をしている。「意識はのべつ幕なし動いていく」この夏目の表現にダイナミズムはない。「意識は絶えず分裂しながら、分裂をひとつにしながら進んでいく」これが本当。
●29頁・後から2行目:「集合的意識」から「時代精神」の話へ。
「あなた方という多人数の団体が、今ここで私の講演を聴いておいでになる」。今、ここの聴衆あなたに呼び掛けていく。「ちょっとした話が…」今、ここにいるあなたたちが外発的、その反対が内発的。こうやって、何とか話についてきてもらおうとしている。
●31頁:「日本人総体の集合意識は…日露戦争の意識だけになりきっておりました。その後日英同盟の意識で占領された時代もあります」ここが、最後に水をぶっかける準備。日露戦争に勝って、日本は浮かれまくっている真っただ中。更に日英同盟まで結ぶことができて、ある種、西洋に肩を並べることができたということで、みんな大喜びの時代。その中でこの話は聴衆に届く話だと思う。
●教育とは、基本的には内発的なものである。成長したいという欲求が、学ぶ者の中にあるから可能になる。しかし、ただ学ぶ者の内発性にまかせているだけの教育はありえない。カリキュラムがある、つまり発展段階に応じて、内発的な発展を前に進めていくための外的な働きかけが行われる、これが教育。外発だからダメ、とはならない。外発的な強制力が本当に内発的な発展を保障しているのか、それを問うのが本当の話なんだと思う。外発的か?内発的か?その「どちらか?」はない。

●15段落。32頁:これを言うのが、この講演の目的。日本の開化が非常に軽薄。今、浮かれているあなたたちの生き方が浅はかでバカ!
●33頁・後から4行目:「ただ西洋人が我々よりも強いから」戦争やったら負けるよ。それやったら植民地にされるよ。こうした強制力の中で日本が近代化していく。対等な関係なんて最初からありえない。上下関係の中で、下っ端は下っ端のやり方で、なんとか押しつぶされないように頑張ろう。これが日本のやっていたこと。
●34頁・8行目:「これは開化じゃない」「現代日本の開化は皮相上滑りの開化である」これが夏目の言いたかったこと。あなたたちは上滑りの生き方をしている。本当にそれでいいのか?

●16段落。35頁:(あとは付け足しに過ぎない)
こうしたら何とかなるんじゃないですか?という人がでてくるかもしれない。「百年の経験を十年で上滑りもせずやり遂げようとするならば年限が十分の一に縮まるだけわが活力は十倍に増さなければならん…」基本的に量的な説明。わかりやすい説明をするときは、量的な説明になる。しかし、内発的・外発的は量的な説明ではつかない。意識の在り方の説明だから。

●17段落。36頁:「既に開化というものが…」ここはまとめに入っていて、開化一般の話。外的な強制力から競争されられることの息苦しさ、これは西洋であろうが日本であろうが、近代化した社会の在り方において必然的な結果である。その上に日本は… と続く。「ああしなさい、こうしなさい、はない」この終わらせ方が夏目。どうしなければならないか?それは、あなたが自分で答えを出しなさい。これが内発性。内発性を尊重するってそういうこと。
●37頁:モーパッサンの小説の引用。夏目がどういう人間かがわかる、心の震える箇所。男性が、ある疑いを女性に持ち、それを口にしたがために、女性は半身不随になるという結果をもたらす。そのことでわかったこと(=真実)を、人間は本当に欲しいのか?真実とはどれくらい厳しいものなのか?あなた方に、今、私が語っている真実の話を聞く覚悟はあるのか?夏目の講演は、聴き手に水をぶっかけるのが目的、その後は、水をぶっかけかけられた聴衆が各自で考えてくれればそれでいい。
●38頁・後から6行目:「神経衰弱にかからない程度において、内発的に変化して行くのがよかろうというような体裁のよいことを言うより外に仕方がない」夏目に「体裁をつくろう気」はない。そんなこと言っても何の意味もないから。「苦い真実を臆面もなく諸君の前にさらけ出して…」これが夏目の目的。夏目の責任はここまで。これから先は一人一人がそれをどう受けとめるか、それぞれの責任。これが夏目の考える「個人主義」。今日の話を踏まえて「わたしの個人主義」を読むと、夏目が立体的にわかるはず。
●ヘーゲルの「発展の立場」から考えたとき、夏目はここでハッキリと「あなたの限界は何か?」ということを示した。ここまでが、他者がやること。限界をどう受け止めて、前に進むためにそれをどう活かすのか?それは一人一人が自分で責任をもってやるべきこと。夏目は、誰も限界に直面していると思っていないので、「あなたたちの限界はここですよ」と、ハッキリと示した。これをどう活かすかは、われわれ一人一人にかかっている。

3. 参加者の読書会感想
〇Aさん:中井さん解説で、読みにくさに意図があることがわかった。ただ、これは語りなので、その相手である聴衆の情報がほとんどないのが残念(調べても出てはこない)。この講演が行われたのが明治44年。まだ「自由」「経済」「方法」「精神」「事実」といった「近代漢語」が生まれて40年程しか経っていない頃だが、そのくらい経てば、特にインテリではない一般人にも通じていることがわかった。おそらく大学生よりも下の「普通の人」が聴いていたのだろう。ほとんどの聴衆が寝ていたのではないか?
〇Cさん:内発の中にも外発があったり、外発の中にも内発があったり、ということをぜんぜん考えられていなかった。
〇Jさん:モーパッサンがすごいと思った。
〇Dさん:日本の歴史的な意識に自分がそのまま染まっていると思う。だからといって、夏目の話を聞いたから壊せるか、と言えば、それは難しいと思った。
〇Hさん:例えば「今日、和歌山に来たのは他でもなく、みなさんに水をぶっかけるため…」というような語り方では、当然聞いてもらえないし、「水ぶっかける」ということ自体が外的なアプローチであるから、自分の言いたいことと矛盾してしまうため、そうした語り方はしないだろう。でも、「韜晦」という煙に巻くような表現の仕方を、自分のスピーチの手法として、夏目は取り入れなければならなかったのか?言いたいことはハッキリ言えばいいのではないのか?煙に巻きながら聴衆を取り込んでいくようなアプローチが、夏目の語り口なのかなと思った。
●「水ぶっかけるため」なんだけれど、それをどういうかたちで最初から最後まで語るか、っていうことは大事。夏目は、「上の人間が下の人間に教えを垂れる」っていう形式をとっていないのだと思う。「偉い人間が下々に向かって真実を教えてあげる」この形式を夏目はわざと壊しているんだと思う。そこに夏目の信念がある。語りがどうでなければならないのか?わたしは夏目を、思想家であり哲学者であると思っている。夏目の哲学はどのように語られなければならないのか?それは、このように語られなければならない。「いやぁーお暑いですね…」「汗かいて、大変ですよ…」この語り口で最後まで行く。これを夏目は適当にやっているのではない。考えて、考えて、考え抜いた上でこの形式を採っている。ここでわたしは、プラトンの対話編のことを考える。アリストテレスの論文形式を敢えて採らない。そのことの意味を考えなければならないと思う。こういうことを考えて実行している人間と、そういうことを問いとして自分の中に持っていない人間との違いは、決定的に大きいと思う。
〇Bさん:「水ぶっかけに来ました」という結論を、結論とは受け取らないで、「神経衰弱にならない程度にやったらいい」という体裁のよいことを言った自分、それを結論ととらえた自分、それが自分なのだと思った。
〇Gさん:「インテリ」と「庶民」という階層間の「ことばの断絶」に、夏目としては強い問題意識があり、「矛盾」と言ったらそれだけで庶民は離れるのがわかっているからこそ、「こんがらがって…」のような表現を敢えて使っているんだ、ということが理解として深まった。それから、内発性の保障。余白を敢えて残す。担保する。わかっているけれども全部正解は言わない。(なぜなら)それをくみ取るのは聴き手だから。それぞれが能力を高めて、その答えにたどり着くための選択と行動をする。そのことを促すのが講演の目的だったのだろう、ということが理解として深まった。
●みんな答えが欲しい。答えを求めている。答えをもらえると安心する。ソクラテス・プラトンは敢えて答えを言わなかった。答えを欲しがっているのがわかるから、与えると安心して寝てしまうのを知っているから、与えない。ここが内発性。内発性がわかっているかどうか。
〇Fさん:わかった気になりやすい。よく整理されているし、バカっぽく演じられてもいるし、笑いもあって、「氷水が欲しがっちゃうのが内発性」のような表現で、わかった気にさせられやすい。東京からお偉い先生が来るっていうのでガチガチになっていた聴衆が、聴いているうちに徐々に心を開いていって、ヒョコッて顔を出したところにアイスピックをガって刺せるのが夏目。深く刺せるっていうのが、内発的にやっていると言えると思った。
●夏目としては、対話をやろうとしている。対話が成立する条件として、お互いに心が開かれている、お互いが心を開いていく。そういう関係性が作れないと何もない。ただ知識を与えられたって、そんなものは1時間もすれば消えてしまう。自分の心の中に何かが起こるかどうか、となると、まず開いて、開いたところで水をぶっかける。
〇Eさん:夏目は厳しい人だなと思った。水をぶっかけた上で、真実を見る覚悟があるのか、と問いかけたり。それから100年後の日本も上滑りしていると感じるのはなぜだろうか?
●それは、依然として上滑りしているから。本質に目を向けようとしていないから。教育とはいったい何なのか考えるときに、もちろん生徒の内発性が中心になければならない。内発性が根底になければならない、このことを疑ったことは一度もない。では、外的な働きかけをどこにどう位置付けるべきか?この問題で、牧野とかなりぶつかることがあって、牧野は外的なものが絶対に必要とする立場。私はできる限り、内発性を根底において進めるべきだという立場。では、中井は今どう考えているか。内発性だけでやれることはない。外発的なものはどうしても必要。内発的なものだけで成長できるのであれば、先生はいらない。放っておけばいいだけ。では、どの段階で、どの局面で、外的なものは必要となるのか?それを理解できるっていうことがポイント。それが「発展」をわかっているということ。※注参照
〇Iさん:自分で読んだときよりも、夏目はこう言いたかったのかということがわかった。モーパッサンの小説で「本当に真実に向き合う覚悟はあるのか?」と問われて、ハッとした。「あなたの限界は何か?」それを知って責任をもって前進することが大切、という中井さんのことばに、自分で読んでみてこんな感想は出てこなかった、読むとはこういうことなのか、と思った。


中井の『脱マニュアル小論文』を牧野に贈った際、牧野から「自然発生性に拝跪している」(大衆追従)、「外部注入が必要だ」という批判を受けた。中井は、牧野は逆の「引き回し主義」(大衆への外的押し付け)だと反論した。これはレーニンの「『何をなすべきなのか』にある用語である。この問題についてはその後、繰り返し考えてきた。