■ 目次 ■
集中ゼミの感想
6 配偶者や子を「所有」するという意識 田中 由美子
7 いつもとちがうソクラテス 松永奏吾
8 全体小説 松永奏吾
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◇◆ 6 配偶者や子を「所有」するという意識 田中 由美子 ◆◇
(1) なぜ「妻女や子供の共有」なのか
家族とは何か、どういう歴史を経て今の家族があり、そして次にどこへ向かうのか。これが私の追究したいテーマである。だから、プラトンが『国家』で家族や女性について構想してみた政策案は、目を引く。
国家の指導者層に限ってではあるが、個別の家族を認めず、子どもたちは親から引き離して教育しようという徹底ぶりだ。共同体による子どもたちの教育は、その後の人類の歴史の中で繰り返し試みられてきて、今の学校教育にもその面がある。その究極の形を、2400年前にプラトンはすでに思い描いたのである。
また、女性も能力さえあれば国を運営する側で働いてもらおうという構想である。当時の実情はと言えば、人類初の民主制のアテネ国家にあって、しかし一般の女性市民はその権利を著しく制限されていた。参政権を持たないだけでなく、男性の後見人を立て、法的責任は概ねその人に取ってもらわなければならないという立場である。そうした時代にあって、女性が政治する側に立つというような案を、なぜプラトンは思い描いたのか。
近代の人権尊重や男女平等の思想があるわけではない。優秀な子たちが生まれてくるように男女の組み合わせを国が秘密裏に優生学的に計らおうという、背筋が凍るような案も飛び出す。健康な状態で生まれなかった場合などに嬰児を遺棄したような、当時の社会的な下地があってのことである。奴隷が多数いて成り立っている社会でもあった。にもかかわらず、女性を政治に登用しようというような考えが、なぜプラトンから生まれたのだろうか。
(2) 自分を守るだけという堕落の本質
そうした疑問を持ってゼミに臨んだ結果、プラトンが、当時滅びゆこうとしていたアテネ社会の問題を、いかに深くリアルに理解していたのかを学んだ。その現状を打破するために、一見突飛な家族改革案、というよりも家族の全否定が構想された。しかし、その構想の意味は、その元になったプラトンの強い問題意識、つまり、彼がとらえたアテネ社会の堕落の本質によってのみ理解される。そのことを実感したゼミだった。
『国家』には、アテネが、ギリシャの盟主となって繁栄を極めた後の下り坂にあって、当時人々がどれほど堕落していたのか、そのリアルな具体例が満載である。
たとえば、第2巻で、多くの人が正しいと考えていることは、「それをただそれ自体のために愛するがゆえに、もちたいと願うようなもの」ではないというところだ。そうではなく、つらくてやりたくないけれど、やらなければならないことをするのが正しいことだというのである。自分が自分として正しくありたいと望んでいるのではなく、他人から正しい人間だと思われて報酬や名声を得られるように。
それは、今、たいていの子どもたちの、勉強したくないけれど、「将来のために」我慢して勉強しなきゃいけないんだという、あの考えだろう。もちろんそれは、親も教師もたいていの大人がそう考えているからだ。その結果は概ね、強迫的に勉強しようがしまいが、無気力に陥るのである。
第2巻ではさらに、法律は正義のためではないという人々の考えが紹介される。たいていの人は、不正を行って利益を得るほどの能力がないから、せめて他人から不正を働かれて不利益を被らないようにするためのものだと。
私はここを読んで、かつて、鶏鳴の生徒たちが口々に、学校で、ともかく他人から害を被りたくないんだと話したときのことを思い起こした。それから何年も経って、今回その意味をやっと理解したように思う。自分を汲々と守るしかないところに追い込まれているのだ。学校には社会での法律にあたるような校則がないため、自力で自分を守るしかないという彼らの思いはなお切実だ。しかし、そもそも今の大人社会がそうなっているのではないかと思われた。
また、第6巻での、哲学を学んだ者がろくでもない連中だという批判に、中井さんは特に注目する。まさにその哲学を生涯の仕事とし、そのための学園を運営してきたプラトン自身への自己批判なのだと。彼のアテネ社会への批判は、彼自身に対しても容赦がない。
第8巻では、様々な国政について論じる中で、家庭において、子どもが親からの圧倒的な影響を受け、その枠の中で人格が形成されていく様をリアルに描いている。たとえば、父親の問題もさることながら、母親から、子どもが、父親についての「ぐちを聞かされる」問題まで、プラトンはつぶさに見ている。今も、この手の愚痴に悩まされる子どもは少なくない。ソクラテスは、若者をかどわかしたとして訴えられたが、その弟子であるプラトンは、同じ路線で、かつ、もっと生々しい。
(3) 家族に手を付けないわけにはいかない
プラトンはそうして、アテネが堕落し、滅びていくのはなぜかと突き詰め、その結果家族に目を付けた。家族に一つ問題の核心があると見た。閉じた個別家族の中で子どもを育てることの弊害を、また、女性を家庭内に閉じ込めることの弊害を、プラトンはすでに見ていたのだろう。
アテネは、国家を成り立たせるために、また、その繁栄を誰が享受するか、そのための市民権の範囲をコントロールするために、家族を社会の土台として重ねて法で規定した。
プラトンの案は、家族をがっちりと型にはめる、そのはめ方を真っ逆さまにするものだ。家庭から女性も子どもも社会に引っ張り出そうと考えたと言えるだろうか。プラトンとしては、これがまさに現実的な答えだったのだろう。それが実現可能だという意味の現実的ということではない。それですぐに問題が解決するということでもない。家族が人間をダメにしていると見たという、その問題の核心への迫り方が現実的だったのではないか。それに手を付けずに人々の堕落の問題は解決できないという意味で。
『国家』に先立ってプラトンが著した『パイドン』に、前々から引っかかる箇所があったが、それについても今回思うところがあった。ソクラテスの死刑が執行される日、彼を訪れて泣く妻を、ソクラテスが「誰でもいいから、これを、家までつれていってやってほしい」と弟子に言って追い返させる場面である。ソクラテスの妻との関係が何だったのか、彼の最期にあってリアルである。プラトンはなぜわざわざその場面を描いたのか。何か引っかかるものがあったのか、またはなかったのか。
そこでパイドンに語らせたように、たんに「女の人」はつまらないことをしゃべるものだという意識だったのか。また、思想に生きる者にとっては、家族だからといって大切な関係ではないと示したのかもしれない。いずれにしろ、この場面をよくぞ書いてくれたと今は思う。こうして家族とのリアルな場面を忍ばせるのがプラトンなのだと、それをおもしろく思う。
(4) エンゲルスも問題にした、妻子の所有の意識
プラトンの問題意識だけでなく、その答えの一つとなった家族や女性についての構想の内容面についても、おもしろいものがある。中井さんの示唆をもとにそう考えた。エンゲルスの家族起源論は、私有財産がどこから生まれ、どこに止揚されていくのかを考えようとしたものであり、その同じテーマを古代に追究したのがプラトンだとの示唆である。
プラトンから2000年以上が経って、エンゲルスは、家族において、家長が妻と奴隷を所有し、また、親が子を所有するようなあり方を、古代ギリシャまで遡ってやり玉に挙げた。人間の生産力が上がって商工業や貨幣が発達し、私的所有や格差が広がって国家が生まれた段階からのことである。人間は、物だけではなく人間をも所有した。エンゲルスは、階級社会の中で、家族まで「所有の秩序」によって支配されたと述べた。また、「妻の公然または隠然たる家内奴隷制」の上に成り立つ、「社会の経済単位」としての「個別家族の性質を除去する必要がある」と。
まさにこの「除去」を、プラトンは構想したのだろう。国家の指導者層において私的所有を禁じ、その私的所有の中に「妻女と子供」の所有ということも含まれることを見ていた。子を所有しているという意識が親の考えの根底にあるから、親は子に「ぐち」を聞かせるのだとプラトンは考えていただろうか。
(5) 子どもを自立させられないという家族の行き詰まり
古代ギリシャ社会の問題を突き詰めたプラトンも、近代社会の問題を突き詰めたエンゲルスも、共通してその核心を、妻子の所有も含めた私的所有に見た。
そして、今も、配偶者や子を所有するという、その意識の問題は家族の問題の核心ではないだろうか。夫婦間のDVや、親による子の虐待は、相手を所有しているという意識の問題の典型だろう。私は仕事上後者によく直面するが、そうした虐待のすそ野に、もっと一般的に、家族の一つの社会的な役割である、子どもを自立させるということが、近年非常に難しくなっているという問題があると思う。
子どもへの過保護過干渉という問題は、私が子どもの頃からすでに社会的に問題になり始めた。敗戦後の工業化と経済成長の中で、子どもの数は減り、また、家事や育児だけに携わる専業主婦という立場の女性が増えた頃だ。しかし、その後専業主婦は減り、今や社会でも何らかの仕事をする母親が多くなっても、親子の一体化の問題は好転しないどころか、ますます深刻になっているように思われる。また、そもそも結婚しない人や子どもを産まない人も増えた。
社会が発展してくる中で、家族や子育てというものをどう考えるのかということが、ほんとうに難しいということが、実際の問題として数々現れて続けてきたのだと思う。また、私たち人間がようやく、家族や子育てをたんに自然に営まれるものとして問題を見過ごすのではなく、家族の問題を問題としてとらえられるようになってきたのではないだろうか。そうして今、家族の問題が噴き出している。
古代ギリシャがすでに高い文明に到達し、さらにその社会が滅びていく過程で、プラトンはそうした家族や子育ての問題に対して、すでにリアルな認識を持っていた。だから、彼の問題提起はその問題の核心を突くものだった。それではよい国家にならない、人々はよく生きられないと考えたのだ。
しかし、配偶者や子の私的所有の意識という、彼がとらえた家族の問題の核心は、その後2000年以上も私たちの中に頑として居座り続けている。家族が子どもを自立させられないという瀬戸際まで追い詰められても、むしろ、その所有の意識は、家族愛という美談の位置にすまし顔で納まっている。
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◇◆ 7 いつもとちがうソクラテス 松永奏吾 ◆◇
プラトン『国家』では、男女平等、家族の解体、哲人政治という三つの改革によって理想国家が実現するという。これを裏返してみれば、男女不平等、家族の一体化、哲学者は役立たず、という三つの問題が都市国家アテネにあると、プラトンは考えていたということになる。(逆にいえば、プラトンは、奴隷制や経済格差や疫病のことを、さしたる問題だと思っていなかった。)この三つは、三つで一つであるような、当時のアテネ最大の問題であり、それゆえ、第五巻で「三つの大浪」と表現される。
『国家』執筆時のプラトンは、アテネの現実問題を考えながら、今までにない焦りと危機意識にとらわれて、いつもと違っていたように思える。精神がこれ以上ないくらいに膨張して、破裂しそうなプラトン、そういう感じを受ける。
『国家』のソクラテスが、いつもと違うからである。
『国家』第一巻までは、いつものソクラテスである。例によってソクラテスがたまたま行くことになった知人の家で、いつものように「正義とは何か」という議論がはじまるのだが、いつものように自分の答えを言わず相手に質問ばかりするソクラテスに対して、そばで議論を聞いていたトラシュマコスという若者がキレる。
「質問ばかりしていないで、はやく自分の答えを言え、クソジジイ!」(だいたいこんなことを言っている)。「ぼくは懸命にがんばっているのだが、力が足りなくて分からないんだ…」(およそこんなセリフ)と、うそぶくソクラテスに焦れて、「そらそら、お出でなすった! これが例のおなじみの、ソクラテスの空とぼけというやつさ」(337A)と若者。(この「おなじみの」に笑う。)
我慢できなくなったか、とうとう若者は、こともあろうにソクラテスの前で、堂々と自説を述べてしまう、つまり、ソクラテスの罠にはまる。と、嬉しそうな顔で、(もみ手をしながら、)その若者の説に対して、ソクラテスがまたぞろ質問をはじめる。えんえんと、ねちねちと続く質問攻め。途中何度か話をやめたがっている若者をソクラテスは挑発しつづけ、決して放免しない。最後は、若者の説の矛盾がこれ以上ない形で明らかにされて、カンカンカン試合終了。
『国家』第一巻のソクラテスは、一、「正義とは何か」のような抽象的問題を扱い、二、先に対話の相手に自分の意見を言わせ、三、その相手の意見に質問を投げかけ、相手に答えさせることによって、相手自身に、自分の意見の矛盾を明らかにさせる、というやり方である。
それと、補足的なことだが、ソクラテスの対話の特徴として、四、ソクラテスの方から、相手の「意表を突く質問」をすることがある。
たとえば、『国家』第一巻で、ソクラテスが「正しい人は不正な人々よりも善き生を送り、より幸福でもあるのか」という問題について、さあこれからみんなで考えよう、と言っておきながらそのすぐ直後に、「では、言ってくれたまえ。──君は、馬の〈はたらき〉(機能)というものが何かあると思うかね?」という、突拍子もない質問を投げてくる(362D)。
この「馬」云々という質問は、「正しい人は不正な人々よりも?」という問題となんの関係があるのかわからない、とうとつきわまりない質問だが、意表をつかれた相手は、わけもわからず素直に質問に答えてしまう。するとその後も次々と繰り出される、どこに連れて行かれるのかわからない質問に答えているうちに、相手はドツボにはまるのである。この「意表を突く質問」すなわち、文脈を断ち切った質問は他では見たことのない、ソクラテス専売の得意技である。(ほんとうは、こういう質問にすぐ答えてはいけない。
「いまは『正義』の話をしているのに、なぜあなたは急に『馬』の話をするのか?」とソクラテスを批判すべきだ。そしたら、ソクラテスはなんと答えるだろうか?)
それはともかく、『国家』第一巻のソクラテスは、「一、二、三」の基本ソクラテス式、それに「四」のような中級者向けテクニックを使った対話をやっているから、いつものソクラテスであるとは言えるのだが、ただ、相手が弱すぎて、おもしろくもない対話である。
そもそも対話とは、相手の無意識の前提を突くこと、相手の深部に隠されたものを暴くことであり、「知性vs知性」の厳しい勝負事である。「はなしあい」という日本語の感覚と真逆である。その意味では、第一巻の「ソクラテスvsトラシュマコス」は9対1のワンサイドゲームであり、見ている側は退屈である。
ただし、この試合を観戦したわれわれには驚かねばならないことがある。すなわち、ソクラテスは、あれだけ長々と「正義」について話した後にもかかわらず、まだ一ミリも自分の「正義とは何か」についての意見を口にしていないのである。(ネタバレだが、答えは、第四巻、432B。)いわば、こちらは一発も打っていないのに相手が勝手に倒れた格好。ソクラテスはまだ何も言っていないに等しい。
というわけで、この「前座」のような試合を冒頭に置いて、『国家』は第二巻以後、様相をまったく変えて、ソクラテスの大演説大会になる。『国家』のおよそ第二巻以後、最終第十巻までのソクラテスは、第一巻の彼とはまるで別人である。
第二巻以後のソクラテスはおよそどんな感じかといえば、一、「女性の方が男性よりも有能な仕事があるか」のような現実具体的問題を扱い、二、ひたすらソクラテスが自説を述べ、三、相手には「そう思わないかね?」という同意を求める質問ばかりして、相手もまた「確かにその通りです」とか「ええ、それ以外に考えようもありません」とか、お追従のようなことを言うだけであって、ソクラテスの主張が相対化されることがない。
まず、「一」については、『国家』執筆の根底にあったであろう、プラトン=ソクラテスの都市国家アテネに対する危機意識そのままの現れである。当時、ペロポネソス戦争(BC431-404)というギリシア都市国家間の長い戦乱があり、ギリシア全体が「病んで内部で割れて」(470B)いた。この戦争の影響として、「アテネの疫病」(BC430)、「三十人僭主政」(BC404-403)、奴隷逃亡、農村荒廃などがあったという。つまり、「正義とは何か」などという抽象論をやっている場合ではなく、国家体制の変革ということが現実的課題だった。
「二」こそ、『国家』第二巻以後の不思議な特徴である。いつものソクラテスなら、ともかく質問をしまくって、相手に先に自分の意見を言わせるように仕向けるはずだが、ここのソクラテスは、聞き手のグラウコンやアディマントスに向かって、「いまのアテネで、何が最大の問題だろうか?」とか、「国家のトップにはどういう人間が立つべきだろうか?」とか、問いかけることは、ほぼない。
いつものソクラテスはにこやかでオープンにくつろいでいるのに、この二巻以後のソクラテスは何かを心配する風で、こそこそしていて、それでいながら時々大げさに声を張り上げて熱弁する。どうしたソクラテスと心配になる。
むしろ、このソクラテスは、問うことそれ自体に慎重になっている。第二巻以後、繰り返し、ソクラテスが問いを立てることを躊躇するところ、問題の大きさにおびえているところがある。「どれほど大へんな議論を君たちはあらためて呼びおこしてくれるのか」(450A)というように、ソクラテスは議論を進めるにあたって、途中で何度も立ち止まり、問題の大きさに注意を喚起し、警告を発しながら話を進める。
理想国家建設のための三つの要諦であるはずの、男女平等、家族解体、哲人政治についても、これらを「三つの大浪」と表現し、問題の大きさをしつこいくらいに強調する。「このつぎにやってくる浪を君が見たら、いまのを大きいなどとは言わなくなるだろう」と、自らハードルを上げ、アオって見せる。
このソクラテスのやり方は、わるく言えば、ポピュリスト的政治演説、大衆迎合アジテーター、新興宗教の教祖、自己宣伝者と似たものだが、よく言えば、これは「問題提起型」とでもいうべき対話術なのかもしれない。すなわち、「おまえたち、ほんとうに、いまのままの自分でいいのか?(反語)」とか、「きみのやっていることは正しいだろうか?(反語)」という問い方があって、それは対話の相手に自己反省をうながすための問いである。つまり、問題提起型の問いとは、批判的問いのことである。
しかし、このソクラテスのやり方は、やはりそれとも違う。第二巻以後のソクラテスは、あるいはプラトンは、アテネの現実を強烈に批判しているが、その批判は、聞き手のグラウコンやアディマントスたちに向けられてはいない。ソクラテスは熱に浮かされたように、自分の三大改革プランを語り、そのことに熱中するあまり、その話を聴いている相手に意識が向いていない。ここに「膨張」という感じがする。地に足のつかない感じ、ソクラテスの意識が、対話の現場をはなれているように見える。
思えば、あの第一巻のソクラテスは、眼前のトラシュマコスに集中し、相手の言葉を注意ぶかく検討し、自分の言葉で相手の意識の底をえぐるようなことをやっていたのに、このソクラテスは、眼前の対話の相手を見ることなしに、話をしている。
であるから、グラウコンやアディマントスにしてみれば、ソクラテスから何も批判を受けることのない、ただの合いの手係りになっている。ソクラテスが「ねえきみたち、そうじゃないかい?」とコールすると、聞き手は「はい、たしかに!」と、レスポンスするだけである。ここには意見対立もなく、批判もない、つまり、これは対話ではない。これが「三」。(それにしても、第一巻でボコボコにされたトラシュマコスは…。)
いや、ほんとうは、言葉というものは、それが自分に向けられていなくても、自分のこととして受け取ることができるはずであって、アテネが批判されているのであれば、アテネ市民であるグラウコンやアディマントスは自分のこととして受け取らなければならない。
とくに、第六巻の哲学無用論のところ、「もし招かれてほかの人々のそういう議論の聴き手になることを承諾でもすれば、それで大したことをしたつもりになっている」「哲学的な議論などは、片手間のこととしてなすべきことと思っている」(498A)というソクラテスの言葉に対して、「議論の聴き手」であるグラウコンたちは、ほんとうは何か答えなければならなかった。
というわけで、このソクラテスのやり方は、自分の意見をもたない大衆を操作するための話術、ポピュリスト政治家のやり方と大差なく、聴き手の方は無色透明な拍手係に過ぎず、ヒトラーの演説を聴く大衆と似ている。(グラウコンとアディマントスの違いをだれか言えるだろうか?)場所はわすれたが、『国家』にも、僭主独裁政治の危険をのべたところで心配されていたのは、こういう状況じゃなかったか。これは危険だ。
しかし、ソクラテスの語る政策が、「妻子共有!」とか「哲人政治!」とか、「女性にも投票権を!」とか、あまりというかあまりにも大衆受けしないものなので、やはり心配ない。これが選挙公約ならまちがいなくソクラテス落選。
じゃあ、『国家』第二巻以後の、あの長い長い大演説は、いったい何だったのか。いったいこのソクラテス、『国家』第二巻以後のソクラテス、いつもと違う、対話をしないソクラテス、演説家のソクラテス、そしてそれを書いたプラトンは、どうしたのだろうか?
『国家』には、書かれなかったが書くべきだった、第四の浪があったのではないだろうか。あの第三の浪、すなわち、哲人政治ということ、哲学者が国家のトップに立つべきであるというソクラテスの主張のあとに、グラウコンでもアディマントスでもいい、ひとこと、なぜこう言わないのか。「ソクラテス、ではあなたが政治をおやりなさい」と。そこでもし、ソクラテスがはぐらかすなら、こう突っ込むべきだ。「あなたは哲人政治を言いながら、なぜあなた自身は政治家にならないのですか?」と。
しかしかれらは、そんな問いは決して立てない。ソクラテスのことを最高の哲学者だと思っていないからである。いや、当時のアテネでソクラテスを理解していたのはプラトンだけだったと思う。だからプラトンはソクラテスを描いた。もしみなに知られているなら、こんな小説風の対話形式で、ソクラテスという人間がいたという事実を描く理由がない。というわけで、ソクラテスは大衆に理解されず、支持もされていない。だからソクラテスは政治家になれない。
しかし、ソクラテス自身もまた、政治家になりたいなどとは一ミリも思っていないと思う。なるべきだと私も思わない。政治は所詮政治であり、哲学ではない。
そもそも『国家』は「国家」の存在を前提としている。プラトンは、家族の解体を言いながら、国家がいつか解体すべきものとはまったく思っていないように見える。日本語の「国家」が「国+家」であるのは、家族を止揚したレベルに国があるというより、国を大きな家族のように見ているからだと思うが、プラトンの描く理想国家にも、似たものを感じる。国家は永遠に存在すべきものか、そうだとすればそれはなぜか。
私は、国家の前提には「戦争」があると思う。ゆえに戦争がないなら国家は不要と思う。しかし人類がまだ戦争をやめられないレベルにある段階で、国家は必須であり、したがって、その段階では哲学者が政治のトップになるべきでないと思う。だから、いつものソクラテスは、政治家として演説などしていないし、もっぱら対話を通した教育をやっている。
以上のようなことを、『国家』の終盤に書いたなら、そこには対話が起こるはずだから、そこにはいつものソクラテス、戦闘的で挑発的な教師ソクラテスが戻ってきたのではないかと思う。ああただしその場合、ソクラテスにまっこうから反抗できる、もっとレベルの高い生意気な対話相手の登場が必須である。
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◇◆ 8 全体小説 松永奏吾 ◆◇
(1)はじめに
プラトン『国家』を四年前に初めて読んだ時、「世界全体がここにある」と強烈に感じた。それは初めての感覚ではなく、昔、『カラマーゾフ』や『大菩薩峠』などの小説を読んだ際に感じたのと似ていた。だからその場でただちに、『国家』は小説であると確信した。ただ、『国家』の方が、ふつうに小説と呼ばれている作品よりも、ひとつ上のことをやっているような気もした。このありがたい感動体験をたよりに、自分の小説『シドッチ』を書いた。
また同じ頃、『平家物語』を読み、そこにも世界全体を感じた。そしてこの夏にまた『国家』を読んだから、そろそろこの「小説に世界全体がある」という感じについて書く。
「小説に世界全体がある」とはどういうことか、「世界全体を書く」とはどういうことか。以下、プラトン『国家』について、「全体」ということを考える。
(2)小説は現実を批判する
小説とは、対話形式で書かれた現実世界の批判である。最初にそれをやったのがプラトンだが、その後それを超えたものはなく、プラトンの対話篇が最高のものである。理由を端的にいえば、主人公がソクラテスだからである。ソクラテスのような人間を書いた小説は他に存在しない。ひとことでいえば、ソクラテスは知性そのものの人間である。
なお、上記の小説の定義はこれまでと違っている。大学の卒論では、「小説とは対話である」と書いた。最近までは、次のように言っていた。小説とは、「人間とはなにか」(人間の本質)について、「人間とは××である」と一般化するのではなく、「これが人間だ」という風に個別具体的に描くものである、と。それが最近になって、対話とはどういうことか、描く(描写)とはどういうことか、それをずっと考えていた結果、上記のようになった。
(3)「国家」という全体
小説の内容は現実批判であるが、「現実」は、その全体を書かなければ現実を書いたことにならない。つまり、小説は現実全体を書く。
『国家』、原題『ポリテイア(Politeia)』は、タイトルがそのまま「全体」を意味する作品であり、現実のアテネという都市国家、それに代わる理想国家を、それぞれ全体として捉え、描いているが、なぜそんなことができたかといえば、作者がプラトンだからである。プラトンだから「全体」を見ることができた。
『国家』は、「そもそも国家というものがなぜ生じてくるか」(369B)という問いに沿ってその生成過程が語られるが、それは国家の基礎基盤たる経済構造の説明からはじまる。自給自足から、分業、交換、貨幣と説明され、経済規模が大きくなり、国家がだんだん大きくなって隣国にまで経済活動が及んでいくと、そこから戦争の話になる(373E)。
ついで、戦争をやるのにどういう人間が軍人にふさわしいか、国家としてはどうやったらそういう人間を育てられるかという教育の話になる(374E)。教育では体育よりも音楽や文芸が先で、とくに物語がいちばん大事であると言われ、したがって、「(国家が)物語の作り手たちを監督しなければならない」(377B)となり、芸術論になる。以上は、『国家』第二巻で、国家の経済、政治、文化の全体をとらえているところだが、第八巻には、国家の政治体制の変遷を四段階ないし五段階でとらえようとしているところもある。
以上はすべて、実際にはソクラテスのセリフとして書かれているのだが、作者プラトンが「国家とは何か」という問題を全体としてとらえようとしていると言ってよさそうである。
そもそも「国家」というものは、抽象的観念と正反対の「巨大な具体物」であって、こんな大きなものを相手にしようとしたというそのことだけでも、そこにプラトンという人間の大きさ=人間としての全体性があるという言い方もできると思う。
(4)本質を描く
現実を書くとか、リアルに描くというのは、現実をそのまま写す、ということではない。
できるだけ主観をいれずに、ありのままを見る、というのでもない。むしろ、現実に厳しい目を向けること、批判することである。
小説において現実を「批判」するということは、本質を描くことと、理想を描くことである。前者は、見ているつもりで見ていないもの、見るべきなのに見えていないか見たくないもの、いわば「ほんとうの現実」を見せることであり、無意識、無自覚、無反省の人間を叩き起こすことである。後者は、あるべき姿、すなわち、現実への代案を示すことによって、現実の問題を浮き彫りにすることである。
前者はリアリズム、後者はロマンチシズムと、真逆なこととして区別して説明されるが、ほんらいは一つのことである。現実は、それを現実的に描けば描くほど、そこに理想が描かれるし、逆も同じである。以下、あえて二つの面に分ける。
『国家』から、まず前者の側面をみてみる。
「その息子は、まず、母親からいろいろとぐちを聞かされるだろう。つまり母親は、自分の夫が役職についていないのが不満だし、そのためにほかの女たちのあいだで肩身がせまい。それに彼女の見るところ、夫はいっこうに金銭のことに熱心でないし、私的な裁判や公の集会で勇ましく戦ったり公論したりすることもなく?」(549C)。
息子に自分の夫についてのグチを聞かせる妻。これは、たんなる「事実」を描いているのではなくて、この親子関係の本質を描いているのである。それはすなわち、ここに描かれている親子ら自身が、自分たちのやっていることについてまったく無自覚でいることへの批判である。
(3)のように天下国家を論じながら、こんな俗世間の生活模様までも描くのがプラトンの全体性である。
(5)理想を描く
ふたたび、小説において現実を「批判」するということは、本質を描くことと、理想を描くことである。後者、理想を描くとは、あるべき姿、すなわち、現実への代案を示すことによって、現実の問題を浮き彫りにすることである。以下の例を挙げる。
「まず第一に、彼らのうちの誰も、万やむをえないものをのぞいて、私有財産というものをいっさい所有してはならないこと。(中略)暮しの糧は、節度ある勇敢な戦士が必要とするだけの分量を取り決めておいて、他の国民から守護の任務への報酬として、ちょうど一年間の暮しに過不足のない分だけを受け取るべきこと。ちょうど戦地の兵士たちのように、共同食事に通って生活をすること。
金や銀については、彼らに次のように告げなければならない。──彼らはその魂の中に、神々から与えられた神的な金銀をつねにもっているのであるから、このうえ人間世界のそれを何ら必要としないし、それに、神的な金銀の所有をこの世の金銀の所有によって混ぜ汚すのは神意にもとることである」(416D)。
もうひとつ、「これらの女たちのすべては、これらの男たちすべての共有であり、誰か一人の女が一人の男と私的に同棲することは、いかなる者もこれをしてはならないこと。さらに子供たちもまた共有されるべきであり、親が自分の子を知ることも、子が親を知ることも許されないこと、というのだ」(457D)。
いずれも、アテネの現実への批判から出てくる、プラトンの代案である。
ここで対象になっている「彼ら」や「これらの女たち/男たち」とは、一般民衆ではなく、「守護者」とか「統治者」とか「支配者」と呼ばれる階層の者であって、かれらは「その魂の中に、神々から与えられた神的な金銀をつねにもっている」。つまり、ここで問題にされているのは、アテネで最も高い能力をもった者たち、エリートたちである。
したがって、上記の提案は、本来自分たちのやるべき、アテネを引っ張っていくという仕事をやらずに、能力の低い者たちと同じことをやっている、エリート層への批判になっている。すなわち、最も優秀な人間が、「自分の家族と財産を守る」という普通の人と同じことしか考えていない現実への批判である。そこから、エリート層を対象にした、私有財産の否定と家族をもつことの否定という政策案が出るわけである。
(6)全体小説
『国家』は、国家という全体の現実と理想を描いた作品であるから、これを「全体小説」と読んでみる。
そもそも、「全体小説(roman total)」という言葉を最初に言ったのはサルトルらしい。
本人が「全体小説」だと宣言して書いた『自由への道』(1945)があるが、じつに下らなそうなので読んだことはない。のちにそれに影響を受けた日本の野間宏がまた、「全体小説」を標榜し、『青年の環』(1970)を書いた。野間の「全体小説」とは、人間の「心理」ばかり書く小説を批判した言葉であり、心理にくわえて肉体と社会も書くべきだというくらいの意味。たしかに、日本の引きこもり小説家たちに対して「社会」を書け、と批判することは正しい面があるが、そもそも、「全体」を書くということが何を意味するのかということが考えられていない。
なぜプラトンに、国家=全体が描けたのか。プラトンは、ギリシア世界の全体を見下ろす視点に立っていた、立つことができたからである。
全体はだれもが認識できるものではないし、全体というものがあるということを思ってもみないで日々を暮らすのが普通の人間である。
全体とは能力である。「それならひとつ、言論の能力のない人たちのやり方にならって、全体にわたって語らずに事柄の一部分を取り上げ、それを例にして、ぼくの言わんとすることを君に説明するようにつとめてみよう」(392D)。
全体を捉えることができるということは、全体の外に立ってはじめて可能なことである。よそよそしい他者であればまだしも、「国家」のような、自分もその中にいるはずの、その全体を他者として捉えることは一層困難である。全体という大きなものをつきはなし、自分は全体の外に出て、自分が全体を見渡し、見下ろす視点に立つためには、自分自身の中に、ある大きさがなければ無理である。いわば、「神」の視点に立たなければ、全体は見えないし、見える理屈もない。
「神」がでてくると、ご承知のように怪しい感じになる。しかし、小説とはそういうものであり、小説を書くとはそういうことだ。それは、観念的に、世界の創造者になることである。
プラトンは、まちがいなく、神になった気分で『国家』を書いている。読んでいるこちらはそう感じる。『国家』第二巻以後のソクラテスにしても、ふだんと違っていて、そうとうおかしな振る舞いが目立つが、あれはさしずめ、神が憑依した状態に近い。
プラトンが誇大妄想にとりつかれているとか、そういうことを言っているのではない。比喩でもなんでもなく、『国家』のプラトンは「神」の立場に立ち、確実に、「神」の視点で描いているのだとそう言っているのである。ヘーゲルがどこかで言っていた「神のようなプラトン」という言葉が、さっきから繰り返し聞こえてくる。
ただし、紀元前の、奴隷制の、キリスト教以前の「神」は、まだこんなものだったという限界はある。それがわからないという人には、「神」もわからないというだけの話である。
そもそも「全体小説」という言葉には、愛想のないというかむしろおぞましい響きがある。「全体!」と言えば、人はすぐ「個」の抹殺をおもいうかべ、生理的に反応するからである。しかし、全体とは、個の物語が集まって充実したものであるから、決してそんな恐ろしいものではない。
と、いちおうそれっぽいことを言っておいてから、ほんとうのことを言うと、「全体」とは、みなが感じるその通りに、じつに恐ろしいものなのである。
プラトン『国家』について、それがナチスの「全体主義」のはしりであると指摘した、ポパーという人がいるが、その人は実に的確な指摘をした。
しかし、その人が分かっていないし、おそらく頭の中に思いうかべることすらしないだろうことは、第一に、全体主義にも正しい面がある、ということである。
全体主義というのは、全体を指導する人間のレベルによる。だから、プラトンはそこに「哲人」を置いた。ある人をリーダーとして選んだ人々が、その人のもとで全体の一部として動くことが、一般組織にあっても正しい。全体主義をいやがる人は、クソのようなエゴだけで生きていて「自分」というものがない。「自分」のない人には全体もない。それを、プラトンがあんなに批判しているのに、批判されているその当人に限って、それが分からない。「他人のものでない自分自身のものを持つこと、行なうことが、〈正義〉である」(433E)。
第二に、その人には、『国家』が小説だということがわからない。なぜ『国家』が対話形式で書かれているかという重大な問いを立てない。
むろん、プラトンにも責任はある。ほんとうは、『国家』第二巻以後からはじまった、あのソクラテスの独演会で、手を挙げて質問し、反論をぶつける観客を登場させなければならなかった。肯定しかしない、ちょうちん持ちのグラウコンやアディマントスでは話にならない。あんなんだと、多くの読者は、ソクラテスの言うことをそのまま真に受けるだろうし、凡百の批評家連中や研究者になるともっとたちが悪く、ソクラテスの話した内容を、その内容通りに、プラトンの思想そのものと同一視する。
かれらは、「全体」のなかにおいて相対化するということができないからである。
かつてバフチンは、ドストエフスキーの作品を批評する者たちが、登場人物の言葉を、ドストエフスキーの言葉と同一視することを批判した。「ドストエフスキーはまず第一に芸術家(確かに特殊なタイプの芸術家であるが)であって、哲学者でも評論家でもないということが、しばしばまったく忘れられてきた」。
世界について何かを言うのが哲学者や評論家であるとすれば、芸術家は世界を作っているのである。作者は、作品の外にいて、作品の全体を創造する、神の位置にある。プラトンも同じである。この立体性が小説の構造である。言い添えておくと、ほんとうは、小説に限らず、すべての言語行為にこの「創造」の側面があると思うが、これ以上の説明を今はできない。
(7)プラトン以後
プラトン以後、小説のなにがどうなったか。
ヨーロッパでは、中世の長すぎる沈滞のあと、17c初めに『ドン・キホーテ』が現れた。セルバンテスは、プラトンとちょうど逆に、下層の主人公視点から、地上の俗世界全体を描いた。人間の愚かさ、貧しさの奥にある悲しさ、笑いを描くとともに、封建制、騎士道など、中世ヨーロッパの閉塞時代全体を批判し、笑い、相対化した小説である。
そのあと、19cのフランスやロシアで、上流階級や知的階層の人間を主人公にした長編小説が数多く書かれたが、その多くは恋愛に終始し、恋愛にうつつをぬかした主人公が、文字通りの意味で「我」を忘れたまま最後に自殺かなんかして終わる。19cは近代のはじまり、個人のはじまりだが、近代を、個人を、相対化することはまだ十分にできなかった。
19c後半の『カラマーゾフ』に至って、初めて、兄のイワンと弟のアリョーシャに分裂させた形で、人間のあるべき全体を描いた。キリスト教の力が大きい。一般に言われる通り、ここが近代小説の最高峰かもしれない。
20c、とくにドイツとアメリカで、実験的な小説が多く書かれたが、だいたいにおいて、主人公が二度の世界大戦という巨大な事実に呑み込まれる物語である。
その他、無数の近代小説が、あまたの個人、個人、個人を描いてきたし、世界の現実を全体として捉えようと試みた作品もあるが、まだどこにもないのは、この現代世界全体を捉えることのできる、知性そのものが肉体化された主人公の生きて対話する小説である。
最後に、「全体」ということに関して、日本の古典文学二つに触れておく。
日本の『源氏』(11c)は、女の視点から、平安貴族社会の閉塞感を描いた。閉塞感をはっきり捉えたことに価値があり、そこに、世界に対するぼんやりとした不安、不満が表現されているが、全体など望むべくもない。ただし、古代に女が現実批判を表現したという事実は奇跡的である。
『平家』(13c)には全体がある。中世ヨーロッパにもどこにも、こんなものはないからこれも奇跡だが、どうしてここに全体があるのか、正直まだ分からないでいる。日本の古代社会が崩壊し、戦乱のはじまったばかりの混乱時代に、どこかでだれかが「語り」をはじめた。やがて法皇と貴族、大寺社からの後援をうけ、知識階層の仏教僧と最下層の琵琶法師が協働して、「語り」の活動が全国各地に拡大していった。
琵琶法師の語るその声に、その物語に、仏教の知性と、民衆の意識が反映された。そこまでは分かるが、それがどうしてひとつの全体を形成できているのか、それがさっぱり分からない。分からないから小説を書こうとしている。
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