8月 23

「迫られる自立」(その3)
 3月の読書会(『ナインデイズ 岩手県災害対策本部の闘い』河原れん著)の記録
  記録者 掛 泰輔

■ 目次 ■

6、参加者の感想(読書会を終えて)
7、記録者の感想
8、中井による補足

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6、参加者の感想(読書会を終えて)

・アメリカのドラマだと医療班は当然のように出てくるのに、
 日本にこれまでなかったことに改めて驚いた。
 組織運営の視点がないと自分が取材した時もダメになるので、
 勉強してみようと思った。(高校生)

・発言者の具体的な立場や名前が大事な部分で出てこないのはやはり
 かなり問題だと思った。
 DAY2からの災害対策本部の内容よりも、DAY1での主人公の
 震災までの動きは物語が貫かれていてかっこよかった。(大学生)

・組織の自立と個人の自立について考えさせられた。(就職活動生)

・県と国の関係や現場と本部の関係には興味があったが、もう少し
 深めて欲しい部分があった。しかしこういうルポの形で残すことに
 意義があるかなと思った。(社会人)

・情緒的な表現が多くて幼稚な感じを受けたが、中井さんの指摘を受けて
 組織運営の視点がないから幼稚なのかな、と思った。私にもその視点が
 ないことに気付かされた。(社会人)

・「感動の」というテロップがうさんくさかった。全体的に浅いと思った。
(大学生)

・国の話がほとんど出てきてないと思った。

 役人の責任はだれが取るのかについて、最後は大臣とか、知事になる。
 局長が責任とるから全部やれって言ってもビビる課長はたくさん
 出てくる。

 だから役所において大臣や政治家が責任を取ってくれないと、
 組織が一丸となって動くのは不可能だと思った。(社会人)

7、記録者の感想
 
 受験が終わって、原発以外の震災関連の本を読んだのはこれが初めて
だった。今回は岩手県庁の中の災害対策本部の医療班という、いままで
関心のない分野の本を読んだ。

しかし危機的状況の中で表れる本質は、私の関心のある原発問題にも
あてはまるような普遍的なものだと思う。

では本書を通して、危機的状況の中で普段は見えない、誰のどういう
本質が見えたか。

例えば自立の問題が私にとって切実だった。
「追い詰められた状況で苦しんで悶々としているときにも、自分を相対化、
コントロールできるのが自立した人間。普段からの備えが大事。」と
中井先生は言う。

「自立した人間じゃないと人を救えない」というのも納得した。
自分が倒れたらそれこそ組織の負担が増えるからだ。
そこで「善意で」人を助けようとしても、限界があることも
本書を通して知った。

では普段からのどういう備えが大事なんだろうか、
どうすることで自分を相対化しコントロールできるのか。

私はこうした問いをいままで自分に突き付けたことは、少なくとも
今回ほど強くはなかった。

どんな組織にも、非常時にも能力を発揮できる人とそうでない人がいる。
危機的状況でその人の能力があぶりだされる。

自分はもちろん前者を目指す。要するに、「俺は自立しなければいけない、
自立を迫られている」、というふうに、今回の震災やそれで提起された
問題をうけとめないとダメなのではないかと思った。

またDAY1で描かれている秋富医師のテーマにぶつかっていく生き方が
とてもかっこよかった。地震が起こったらすぐに県庁に走りこんでいくなど、
普段から虎視眈々と狙いを定め、問題意識を高く保っていなければ
できないのではないかと思った。

8、中井による補足

 2012年7月3日に、盛岡で秋冨さんに会ってきた。
本書の印象とは別人だった。

本書ではとても心情過多で、肝心な時に意思決定ができず、
逡巡を繰り返すダメ人間の側面を強調していた。
しかし、実際はごりごりの理論派だった。

岩手県における地震と津波の災害医療対策の戦略と戦術は、
彼の頭の中ではすでに出来上がっていた。その事前準備も、
一部(秋田県との連携や、本部有力メンバーの理解を得ること)は
実行されていた。

 3.11以降は、彼の戦略をできるだけ忠実に実現するために
努力するだけだった。

災害医療活動では、彼の役割は決定的に大きかった。対策本部の人たちが
当初、頭の中が真っ白だった時に、彼の示した方法だけが大きな
羅針盤であり、それをみなが認めていき、彼を支えた。

県下の、また全国の医療関係者においても、同じことが繰り返されたようだ。
みなが、秋冨さんの作戦を受け入れた。それ以外の選択肢がその時点では
存在しなかったからだ。

しかし、彼は自分の英雄物語にはしたくなかった。そこで、本書では
秋冨さんはあえてピエロ役をも引き受け、本部のみながヒーローに
なれるような本づくりをしたようだ。

秋冨さんは言う。

「本当のヒーローは、あの現場で一生懸命頑張っていた
被災者自身であり、自分たちではないことを災対本部のみんなは
理解していた。

ただ県庁は何もしていないという非難があった時に、
命がけで頑張っていた災対本部の人たちはその非難を耐えているのをみて、
何かがおかしいと感じた。

もともと不幸から始まる災害は、誰もが不幸になる。

ただ相手を理解していなかったり見えなかったりして、いがみあうのは
岩手にとっても日本にとってもよくないと感じた」。

彼の中に、大きな屈折があるのは事実だが、それは今の日本の
医療関係者の中で、災害医療がその正当な位置を与えられず、
災害医療の従事者たちに正当な評価が与えられていないことを
反映しているのだ。

なお、本書には中央の官邸などとの電話のやり取りが頻繁に出てくるが、
その相手の実名はもちろんだが、地位、肩書が出てこない。
「個人名が特定できないようにした」との説明だったが、それでは
組織の問題が検討できないのではないか。

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