「迫られる自立」(その2)
3月の読書会(『ナインデイズ 岩手県災害対策本部の闘い』河原れん著)の記録
記録者 掛 泰輔
■ 目次 ■
4、DAY1の検討
5、DAY2?DAY9の検討
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4、DAY1の検討
※ここからの検討では、「→」が参加者のコメント。
特に断りがなければ、中井の発言である。
○組織と個人 発言した人が特定されていない
P19、撤収命令が下されたとあるが、誰が命令を出したのか。
書き手はその部分に全く関心がないか、あえて出さないのだと思うが、
組織の問題を考えるには、その人の地位や立場がわからないと、考えられない。
○本気で腹が固まった人は行動が違う
P26、「大げさかもしれないが僕はその(災害医療)ための
危機対応システムを作り上げ、岩手から広めようと本気で思っていた。
ここで実績を作れば、それを日本に広げられるんじゃないか、と考えていた。」
彼は実際にこれを本気で思っていた。本気で思っている人は行動
(主人公の震災までの動き)が全然違う。
P184で触れている上司の突然の自殺が決定的だったと思う。
○全体をまとめるのは県庁
P29、「しかし何より問題なのはそれ(警察、消防、自衛隊)を統率する
システムがないことだった。それをできる唯一の組織が自治体、つまり
県庁になるわけだが、このとき県庁では組織が集まるような体制を
とっていなかった。」
全体をまとめるのが県庁の役割であり、国が存在することの意味。
(2度の地震によって)これじゃあだめだという反省はおこって来ている。
○情報がなければ想像する
P42、「必要なのは想像力だ。現地がどうなっているのか、想像力を働かせて
対策を考えるしかない。知事が言う。」
想像力はどうやって得られるか。当然過去から。小山室長は直前の地震のときに
県の振興局がある宮古にいて、宮古が震災でどうなるかを知っていた。
だから今回も類推でだいたいわかった。そのことで攻めることができた。
○岩手の準備
P45、「岩手と秋田の防災担当者を会議の席で引き合わせ、いざという時に
連携をとれるよう準備していた」
おたがいに顔を知っているというだけで違う。これはすごく大きい。
○越野氏の存在
P51、最初の一週間は防災危機管理監の越野が最初の1週間は対策本部の
トップだった。自衛隊出身の彼がいたことは決定的だったと(取材で小山防災室長が)
言っていた。自衛隊のトップが昔の自分の部下だったし、自衛隊の専門家だったから。
○守りではなく攻め
P56、越野「情報が集まらないなら、こちらから拾いに行くしかない。」、
P58、小山「なにがなんでも勝ちに行くんだ」
守りに入ったら人間力が出ない。人生死ぬまで攻めればいい。しかし本当に
攻めるためには守りがそのなかに入ってなくてはいけないが・・・。
5、DAY2?DAY9の検討
○広域搬送のジレンマ
・P91、「この時点で搬送拠点がしっかりしているのは岩手だけだった。
去年行っていた実地訓練が活かされ、奇しくも広域搬送を行うのに最も適した
条件を有していた。それでも僕は迷いに迷っていた。」
個人的な心情レベルと、全体を見て戦略的に考えるレベルでは、矛盾する局面が
必ず起こる。その時に、トップが揺れてはいけない。
○P96,97、なぜ宮城はDMATを2日で返したのか
・私の推測だが、宮城がDMATを2日で返すことができたのは、東北病院の
里見病院長が全国の国立大学の病院協会に電話して、宮城に支援をしてくれ
と言って全国の国立大学から集まったから。
要するに岩手と何が違ったかというと、DMATや救助者の絶対量が違った。
岩手の方が圧倒的に少なかった。
→4,5月は宮城一極集中だった。NPOのボランティアにしても北方面から
岩手を助けに来る、というのは少ないように感じた。
○組織と個人 発言した人が特定されていない
・P104、「医療班の責任者としては、派遣人員の安全は絶対に守らなくては
いけない。」
ここは本当に大事なポイント。原発事故が起こったら大変なことになる。
だから官房にきくと「大丈夫、今のところ問題はない」という。
これ以外のことは言わない。
→官邸は本当にわからないらしい。だからこれ以外に答えようがない。
わからないときは「わからない」と言うはず。
しかしどの立場の誰が電話に出ているのかが書かれていない。
これは組織をわかっていない著者の問題だろう。
○熱意と理性
・P116、「患者を乗せたドクターヘリがあろうことか許可を得ぬまま
盛岡市内の県警ヘリポートへ着陸すると言う失態を起こしていた。
重症患者を一秒でも早く病院に連れて行きたいと焦ったパイロットが
機体を降ろしてしまったのだ。」、
「なにより怖いのは熱意ばかりが先に立ち、それが大きな二次災害を招く
かもしれないという理性さえ失っていることだった。」
2005年の福知山線の事故の時に秋富さんは個人として被災地に行った。
そういったときに自分のことは自分で責任をとる、ということは言えるが、
今回のように組織として活動するときに末端の人は責任を取れない。
二次災害を招くと組織にさらに負担がかかる。
→機体の数や金の問題もある。
○自立した人とは
・P120、「夜が怖いのは心に揺り返しが起こるからだ。なぜ、あのとき、
ああしなかったのか。あの行動は正しかったのか。あの命を救う方法は、
なかったのか。」
そもそも自立した人間だったかどうかが問われる。私も20代の時には、
2,3日一睡もできないなんて精神状態になるときもあった。
そういう追い詰められた状況で苦しんで悶々としているときにも、自分を相対化、
コントロールできるのが自立した人間。普段からの備えが大事。
・P130、「けれど、今まで経験したことのない大混乱でハイになり、
自らを省みずに危険をおかす人もいる。そのことの怖さを、実家から来た
電話であらためて気付かされた。医療者の安全だけは、絶対に守らなければ。」
人を救う立場の人間は自分をコントロールできなくてはいけない。
結局自分が壊れたらまただれかが自分のめんどうをみなくてはいけない。
だから、自立した人間じゃないと、人を救えない。
○現地の人へのシワ寄せと外務省マター
・P136、「突然降ってきた政府からの要求に、大慌てで通訳を探し、
現地消防は部隊配置を決めなくてはいけなかった。なにせこれは
外務省マターなのだ。「万が一」は絶対に許されない。」
海外の救助隊が入ってきたという大ニュースの後ろに、現地のぎりぎりのところで
やってる人たちにシワ寄せがいっているという事実がある。
里見さん(東北大学病院長)は海外からの援助隊の受け入れにすごく反対した。
なぜかというと2,3週間たって時点の医療では「問診」が必要になる。
日本語のできない医療者を受け入れても、誰かが彼らの言葉の面倒をみなければ
ならない。そんな余裕はない。
しかし政府から受け入れて欲しい、という強い要望が来る。
そういうことがたくさんある。
○天下りの必要な側面
・P141、「この震災ではその規則(自衛隊の部外機関へのデータ提供の禁止)
の枠を超え、(自衛隊は)率先して現地調査まで買って出てくれ、県庁を
援護してくれた。これは旧知の仲だった越野(防災危機管理官)と
林師団長がなかば独断的に講じた方策だった。」
こういうことから考えると、自衛隊の上のポジションの人を災害対策本部(県庁)に
一人配置しておく、つまり天下りにも必要で正しい面があることになるだろう。
「天下り」全般を否定するのではなく、どういう理由で天下りを受け入れるのかを、
きちんと説明できればよいだけ。越野さんのような人はこういう状況で最も頼りになる。
○内陸の盛岡と沿岸部の意識の差
・P176、「職員がぽかんとした顔を向ける。沿岸部は盛岡から90キロ以上
離れている。被災地は「対岸の火事」だ。自分は自衛隊でも何でもない、
一職員だ。それなのになぜ現場に行かされなくちゃいけない。」
盛岡市内はほとんど被害がない。沿岸部は壊滅的。対策本部は盛岡市で立ち上がった。
だからはっきり言えば盛岡の人には当事者意識がない。
→福島が浜通り、中通り、会津で3つに分かれていて、岩手も同じように3つに
分かれている。しかし福島にしても岩手にしてもそれらの連携はない。それが問題。