2012年11月21日に茨城県日立市で講演をした。
高校の国語科の先生方に、私自身の表現指導の実践報告をし、問題提起をしたものだ。
常磐線日立駅のホームに降りると、目の前に太平洋が広がり、一望できる。快晴の空と紺青の海。すばらしい光景だ。しかし3・11では、この一帯を津波が襲ったのだ。幸い、日立市周辺は被害は小さかったようだが、南部と北部(北茨木)では甚大な被害を受けた。私が乗った特急「スーパーひたち」の終点はいわきであり、いわき市は福島県南部に位置し、相双地区からの多数の避難者が今も暮らしている。
この素晴らしい光景を見ながら、胸が痛む。
日立駅のガラス張りの新しい駅舎は今年竣工したそうで、海に向かって張り出した形をとっており、その空中庭園のような一角にカフェがある。モダンな駅舎にびっくりした。
私の講演は、「平成24年度茨城県高等学校教育研究会国語部県北地区講演会」として行われたもので、50人ほどの先生方が、茨城県の県北地区を中心に集まっていただいた。
「茨城県高等学校教育研究会」とは先生方の自主的学習会であり、その国語部の、県北地区の講演会である。今は、こうした自主的学習会はどこも壊滅状態になっている。そうした中で、茨城県では「教育研究会」が活動し、それも国語部など各教科がそれぞれ開店状態であり、さらに、その国語部では、県の地区ごとの分会も講演会をするほどの力を持っている。
駅から講演会場まで、30代の若手(今は30代は若手だ)の女性教員に送り迎えをしていただいた。その若く元気に、教育への熱い想いを語り続ける様子が新鮮で、私の心を温めてくれた。
すばらしい先輩との出会い、仲間との研鑽、生徒たちとの格闘。そして、震災当日の体育館で皆で宿泊した不安な一夜のこと。そのなかには、その時の後遺症が今も残る生徒もいる。
講演会後、駅まで送ってもらう途中で、「少し気持ちが楽になりました」と言われた。「教育では、クラスの生徒全員に、同じだけの成果を保障しなければならないと思っていました。でも、そう固く考えなくてもいいのだ、と気づきました」と言う。
それは、私がクラスとして、生徒集団として持っている教育力、互いに刺激を受け合って、学び合う力を信頼したいとコメントしたことへの感想だったようだ。
私の講演会のタイトルは
「高等学校の表現指導はいかにあるべきか
?新学習指導要領の施行による国語教育のこれからの課題について?」というものだが、これは主催者側の用意したもの。
内容の詳しいことは、
『作文と教育』年月号の「聞き書き特集」に寄稿した「異文化兄妹 -『自分づくり』のための聞き書きをめざして-」と重なるから、それを掲載する。
また、当日配布したレジュメも掲載する。
参考にしていただければ幸いです。
■ 全体の目次 ■
1.講演レジュメ
「生きる力」を育てるための小論文・作文指導
→ ここまで本日(3月6日)掲載
2.異文化兄妹 -『自分づくり』のための聞き書きをめざして-
― 聞き書きから論文、志望理由書まで ―
(1)異文化兄妹 ―志望理由書―
(2)兄に聞き書きをするまで
→ここまで3月7日に掲載
(3)兄への聞き書き
(4)両親への聞き書き
→ここまで3月8日に掲載
(5)志望理由書、作文、小論文
(6)聞き書きの課題
→ここまで3月9日に掲載
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1.講演レジュメ
「生きる力」を育てるための小論文・作文指導
― 聞き書きから論文、志望理由書まで ―
鶏鳴学園 中井浩一
☆ 根本問題 「生きる力」を育てるための小論文指導とは何か
テキスト テキスト テキスト
マニュアル
問題意識 意見 意見
(問題意識への答え) 意見
? 新学習指導要領
(1)大きな前進
?全教科での言語活動、?その中心が国語科、?体験、現場の重視
(2)現在の教育の課題、国語科の課題
?文学と道徳教育
?知識が現実と無関係
?論理=思考(対立)ではなく、感性・感情(共同体の空気を読む=集団と一体)
(3)学校全体の教育の構築
?学校の課題(生徒一人一人が、本当に必要としている力は何か)
?全教科の連携、3年間のスケジュール、
? 今の高校生の課題は何か。
(1)根本の問題
?将来像がなく、親からの自立が進んでいないこと
?「自分」に自信がなく、他人に評価されないと不安
(2)その理由
?「豊かな社会」が実現し、社会自体が目標を見失っている
?体験の貧弱さ、現実社会の問題の見えにくさ、親子の一体化。
?自己決定=自己責任が求められる厳しい社会になったが、
それに相応しい教育が行われていない
(3)対策
?教育目標は「自分作り」 「自分探し」ではなく「自分作り」
「自分」が弱い、または「自分」がないのだから、それを作るしかない
「自分」とは、自分の問題関心、「問い」、テーマのことである。
?方法 どう教育するのか
個人的な体験を掘り起こす一方で、現実社会(自然も)の問題にぶつからせる
個人的な体験の意味、現実社会(自然も)の問題の意味を考えさせる
その問題と、自分の生き方を関係させて、考えさせる
「自己理解」と「対象理解」の相互関係 対象理解は自己理解のため
? 国語科と他の全教科の関係
内容=知識 → 国語科以外の全教科
形式=思考・論理のトレーニング=能力 → 国語科
? 読解指導がすべての前提
(1)読解=論理トレーニング
(2)「文を書くとはどういうことか」を学ぶ
?テーマと結論、?それにもとづく構成、?文体の選択的使用
? 表現指導
(1)目的
目的は、高校生が自分のテーマ、問いを作ること
「答え」を出すことよりも、「問い」を立てることが重要
「仮説」は最初は不要。「問い」が立てられればOK
(2)表現指導の3要素
?自分史、経験の作文 描写。小説のような表現
5W1H、気持ちや感情、思いや考えも書く
自己相対化、客観的な表現を学ぶ
?調査し、取材する文 説明文、意見文 → 「レポート」
客観的な事実(事件)、統計、図表も
文献の要約
フィールドワークと取材 →「聞き書き」
?総合する レポート、意見文 → 論文や小説
※???のすべてで、最初は事実レベルの把握、表現から始まる。
次第に、事実の「意味」の叙述を加えていく。
(3)表現指導の系統案 現実社会(特殊)
個人的体験(個別) 教科内容(一般的知識=普遍)
1年 自分(生活経験)→ 仕事、家族史(戦争体験) → レポート
2年 自分史 → 関心のある社会問題、自然科学 → 論文
3年 自分(進路、進学) → 進路、進学に関係する社会問題、自然科学
→ 志望理由書、小論文など
(4)文体の教育
?描写 ※この発展形が物語や小説
?説明文 →意見文 ※この発展形が小論文・論文
? 教師の課題
(1)課題
?表現のどこに課題を見いだし、次の指導につなげるか
対象への認識、自己への認識の深まりをどう理解するか
それには、論理的な理解と指導が不可欠
?「きれいごと」をどう排除し、「問い」を立てるか
?抽象的な一般論を、自分の身近な具体的経験に引き寄せる
(2)教師の自己研修が不可欠
実際の生徒作品をたくさん読み合いながら、先行者から学ぶしかない
※学校内部、国語科内部での学習会や外部の研修(鶏鳴学園や作文研究会)
【参考文献 中井浩一著『日本語論理トレーニング』(講談社現代新書)、『脱マニュアル小論文』(大修館書店) 】