12月 30

日本語の基本構造と助詞ハ  その1

松永奏吾さんの日本語学の論文「デハナイ」と、それに対する私の考えを掲載します。

松永さんの論文「デハナイ」は今年2014年3月に東大大学院の野村剛史氏のゼミで発表されたものです。
注の部分は省略しました。

また、この論文の概要(構成の説明と要約)を松永さん自身が野村ゼミでの発表のためにまとめた
ものを最初に出しました。これを読んでから、または並行して眺めながら論文を読むと、
読みやすいでしょう。

■ 目次 ■

一 「デハナイ」論文の概要     松永奏吾

二 デハナイ 松永奏吾
0. はじめに
1. デアル/デハナイ/デナイ/デハアル
→ ここまで本日 2014年12月30日に掲載

2. XはYである
3. デハナイ
→ ここまで12月31日に掲載

4. 形容詞や動詞の否定
5. デナイ
→ ここまで2015年1月1日に掲載

6. 否定と対比
7. おわりに
→ ここまで1月2日に掲載

三 日本語の基本構造と助詞ハ  中井浩一
 1. 松永さんの論文について
 2. 代案
 → ここまで1月3日に掲載

==============================

一.「デハナイ」論文の概要           松永奏吾

1 全体の構成

(1)デハナイの一般性……1節
・「デアル/デナイ/デハナイ/デハアル」の数値比較。1533/12/134/2
・「デナイ:デハナイ=1:10」によって、デハナイの一般汎用性を示す。
・終止法で比較すると、「デナイ:デハナイ=1:20」。

(2)「XはYである」の論理……2節
・「XはYである」、ないし、助詞ハの生成する論理の考察。
・主語名詞Xの内的二分(存在者と属性の二側面、主語性と述語性)から、
「XはYである」が生成した。

(3)「XはYではない」の論理……3節
・「XはYである」から「XはYではない」が生成する論理の考察。
・「XはYではない」の構造  [Yで] は [ない]
・述語名詞「Y」の内的二分(属性と肯否の二側面)から、「Yではない」が生成。
・デハナイとは、対象化された認識の否定。認識の認識。否認。

(4)クナイ、シナイとの違い……4節
・クナイ(形容詞の一般否定形)は、属性の否定であると同時に対立属性を意味する。
・シナイ(動詞の一般否定形)は、運動の否定であると同時に未実現状態を意味する。
・クナイもシナイも対立を意味するが、デハナイ(「名詞+ではない」)は差異しか意味しない。
・シナイは否定の範囲が曖昧になり得るが、デハナイは否定の対象を明瞭に提示する。

(5)デナイとの違い……5節
・仮定条件でデハナイが避けられる(デナイが選択される)のは、
デハナイの仮想提示と低条件が重なるため。
・デナイ終止法(69例)の分析によれば、形容動詞の否定形「容易でない」など、
そのほとんど(59例)が対立を意味する点、クナイやシナイと同類の否定である。

(6)否定と対比……6節
・「AではなくB」(20例)、「Bであって、Aではない。」(6例)、「Aではない。B」(37例)
のようにパターン化すると、デハナイ87例中(疑問用法47例を除く)、対比を示す用例が63例ある。
・「対比」が否定から導かれることの考察。対比否定起源説。

2 全体の要約

 形容詞や動詞の否定と異なり、デアルの否定には助詞ハが介在してデハナイとなるのが一般的である。
そもそも「XはYである」とは、主語名詞Xの内的二分(存在者と属性)が「X─Y」と分裂し、
その分裂を反映(意識)した助詞ハによって一文が二分された文である。
「Yではない」は、助詞ハによって、述語名詞Yの内的二分(属性と肯否)が意識された述語であり、
対象化された認識の否定、である。

一方、クナイやシナイは否定と同時に対立を意味する点、それと、否定の範囲が明瞭でない点が
デハナイと異なる。
(デハナイは否認と同時に差異しか表さないが、クナイやシナイやデナイは否認と同時に対立を意味する。)

デナイもまた本質的にクナイやシナイと同類で、対立を意味する。仮定条件でデハナイが避けられるのは、
デハナイの仮想提示と仮定条件が意味的に重なるためである。
デハナイには「AではなくB」、「BであってAではない」、「Aではない。B」などのパターンで
対比を示す例が多い。(デハナイは差異しか表さない場合が多く、その場合、対立規定が文脈上に現れる。)
対比は、助詞ハが否定の対象を明瞭にすることによって、対象外とされた存在者が暗示される、
という論理から生じる。

※「XはYである」→「XはYではない」→「XはYではなくZである」という展開。

2014/03/15 

                                         

二.デハナイ 松永奏吾

0. はじめに

 (1) 山田は大学生である。
 (2) 山田は大学生ではない。
 (3) 山田は大学生ではある。

 助詞ハは、(1)のように主語と述語とを二分するような位置に現れる一方で、(2)や(3)のように、
「述語内部」とも見えるような位置にも現れる。(2)は否定述語内部に、(3)は肯定述語内部に、
それぞれ助詞ハの現れた一例である。そして、そのこと自体は、動詞述語でも形容詞述語でも同様である。

(4)に否定の例を、(5)に肯定の例を、述語の形だけ挙げる。
(4) 食べはしない  美しくはない 
(5) 食べはする  美しくはある 

 以上の(2)-(5)は、その形態的特徴から見るだけならば、諸品詞の違いを越え、かつ、肯否の区別とも関
係なしに、ただ一様に述語内部に助詞ハが現れる、という現象を示しているだけのように見える。
しかし、(2)の「?ではない」だけは、他の(3)(4)(5)と根本的に異なる。以下、結論を先取りして述べる。
 まず、(3)の「大学生ではある」は、(1)の「大学生である」という一般的な述語に対する特殊な述語であり、
同様に、(4)もそれぞれ、「食べない」「美しくない」の方が一般的、(5)も「食べる」「美しい」の方が一般
的な述語である。つまり、助詞ハを内部に含んだ(3)(4)(5)は特殊な述語の形であって、助詞ハの特殊用法と
言って構わない。しかし、(2)の「大学生ではない」だけは、助詞ハを含んだこの形で、一般汎用的に使われる。
すなわち、「?でない」ではなく「?ではない」が、「?である」と肯否の対を為して使われる、一般的な述
語の形なのである。のみならず、(1)のような「XはYである」という形式の文を日本語の基本文の一つと見る
ならば、その否定文としての(2)もまた「XはYではない」というこの形式で基本文と見るべきである。故に、
そこに現れる「?ではない」という用法は、助詞ハの基本用法の一つと言い得る重要性をもつはずである。

 本稿の1節では、調査報告により、「?ではない」の一般汎用性を事実として確かめる。2節では、「XはY
である」という基本文の問題を論じ、それをふまえて、3節で、「?ではない」が一体いかなる否定述語なのか
を考察する。4節で形容詞や動詞の否定形との違いを述べ、5節では助詞ハのない「?でない」という否定形と
の違いを述べる。最後に6節で否定と対比の問題を論じる。

1. デアル/デハナイ/デナイ/デハアル

 本節は、助詞ハの介在した「?ではない」という述語の一般汎用性を、調査事実によって明らかにする。
以下、「?である」という述語を、デアル述語と略称し、「デアル」という表記によって、述語としての「?で
ある」を意味して使う。同様に、「?でない」を「デナイ」、「?ではない」を「デハナイ」、「?ではある」
を「デハアル」と略記する。

次の二点を留意されたい。

一、デアル述語は、「大学生である」「穏やかである」
「ゆっくりとである」「行くべきである」「行くわけである」等々あって、「である」の上接語は多様であること、

二、デアル述語には、口語的な「だ」、敬体の「です」「であります」等も含めて考えること、またデハナイの
口語体「じゃない」も含めること、の二点である。

 さて、デアル、デナイ、デハナイ、デハアルという四種の述語について、文庫本約210ページ 中におけるその
出現数を調べたところ、表(1)の結果が得られた。

表 1. デアル述語の出現数比較
デアル デナイ デハナイ デハアル
1533 12 134 2

この調査によって、次の事実が確かめられる。まず、肯定述語の数値に関して見ると、デアル1533例に対して
デハアル2例であるから、助詞ハを介在させたデハアルが非常に特殊な存在であることが分かる。ところが、
否定に関して見ると、デナイ12例に対して、デハナイが135例であるから、その出現率においてデハナイの方が
圧倒的に優勢であり、デナイの10倍以上である。つまり、肯定の場合と関係が逆転し、助詞ハを介在させた述語、
デハナイの方がむしろ普通一般の存在であることが分かる。
 さらに、この「デナイ/デハナイ」の関係に絞り、より詳しく内実を見る。下の表(2)と表(3)は、それぞれ表(1)
のデハナイ134例とデナイ12例について用法分類したものである。

表 2. デハナイ134例の用法分類
終止(主文文末の用法) 57
単純接続1(「?ではなく(て)」 20
単純接続2(「?ではないし」) 2
順接・確定(「?ではないので」「?ではないから」) 5
逆接・確定(「?ではないが」「?ではないけれども」など) 3
疑問(「?ではないか」「?ではあるまいか」など) 47
計 134

表 3. デナイ12例の用法分類
終止(主文文末の用法) 3
単純接続1(「?でなく」) 1
順接・仮定(「?でなければ」「?でなくては」) 7
逆接・仮定(「?でなくても」) 1
計 12

 なお、用例が1例もなかった用法は項目を略した。さて、表(2)と表(3)を比較すると、次の四点の事実が注目
される。

 第一に、各表中の一段目、終止用法について比較すると、デハナイの終止用法57例に対して、デナイの終止
用法はわずか3例である。主文末終止用法こそが最も基本的な述語の在り方であるとすれば、デハナイがデナイ
の20倍近い比率で終止用法に現れるというこの結果は、デハナイの一般汎用性を改めて示す事実である。

 第二に、「単純接続1」とした用例について比較して見た場合も、「?ではなく(て)」20例に対して、
「?でなく」1例という極端な差がある。かつ、この「?ではなく(て)」20例は、表(2)のおよそ15%を占め、
終止と疑問を除けば際立って用例数が多い。

 第三に、仮定条件のみ、デナイが優勢を示している。どころか、デハナイの仮定条件用法は1例もない。
順接仮定条件の「?でなければ」とか「?でなくては」という用例7例に対して、「?ではなければ」とか
「?ではなくては」といった用例は1例もなく、逆接仮定条件の「?でなくても」1例に対して、「?ではなくても」
といった用例は1例もなかったということである。これは、さしあたり、デハナイの一般汎用性に反する事実である。

 第四に、表(2)の「疑問」とした項目を見れば、「?ではないか」とか「?ではあるまいか」といった用例数が
47例ある。かたや、デナイにそれに類した用例は1例もなかった。付言すれば、肯定のデアル1533例中、疑問用法
の数は50例あったから、それと比較しても、デハナイの疑問用法が47例あったという事実は特筆すべきものである。

 以上、「デナイ/デハナイ」の用法比較により、注目すべき事実四点を挙げたが、本稿は第四点、すなわち疑問
用法についての考察はしない。疑問用法のデハナイは「否定」から生じたものではあっても、すでに「否定」を離れた
デハナイの特殊用法である。本稿は、第一点、すなわち、デアル述語の一般的否定形が、助詞ハを含んだデハナイである
という事実のもつ意味を明らかにすることを中心課題とし、第二点、第三点についても論じる。

Leave a Reply