3月 08

■ 全体の目次 ■

1.講演レジュメ
「生きる力」を育てるための小論文・作文指導   
→ ここまで3月6日掲載

2.異文化兄妹 -『自分づくり』のための聞き書きをめざして-
 ― 聞き書きから論文、志望理由書まで ―
(1)異文化兄妹 ―志望理由書―
(2)兄に聞き書きをするまで
→ここまで3月7日に掲載
(3)兄への聞き書き 
(4)両親への聞き書き
→ここまで3月8日に掲載
(5)志望理由書、作文、小論文
(6)聞き書きの課題
→ここまで3月9日に掲載

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(3) 兄への聞き書き 
〈 〉《 》【 】[ ]
 兄へのインタビューは二〇一〇年の六月に行われた。以下がその聞き書きからの引用だが、引用部分は冒頭と末尾に※をつけ、兄のコメントは〈 〉で括った。文中の言葉を強調するための【 】と、括弧内( )の説明は中井が加えた。

 ※この頃の兄(中学生)については今でも覚えている。この頃から兄が勉強している姿は全くといって良いほど見ていない。兄と父親が喧嘩になると兄はよく壁に穴をあけていたし、学校には行かないし、小学生ながらも、ヤンキーではないが周りの友達と同じようなお兄ちゃんでないことに気づきはじめていた。
 
 学校を辞めろと言われた時はどんな気持ちだったのか聞いてみた。
〈学校やめるってのは絶対嫌だったよ。これでも変に真面目な人間だったから世の中の流れから外れるのが恐かったんだよね。だから自分が学校側に合わせようと思ったんだけどダメだった。それで結局A学園はやめて不登校だった生徒もたくさんいるB学園に入ったんだ。そこの先生はうるさいこと言わないし、どんな話でも聞いてくれるし、学校が比較的自由だったね。小学校以来初めて学校が楽しいと思ったよ。今でも付き合うのはここでの友達だね。〉

 兄が絶対に学校をやめるのは嫌だったと聞いて少し驚いた。当時私の目には、兄は学校が本当に面倒くさくてわがままをいっているように見えていたからだ。
 しかし今は兄がいう「世の中の流れから外れるのが怖い」という理由が少しばかりわかる気がする。当時小学生だった私は学校を辞めたら友達に会えなくなるから嫌だと考えていた。しかし今は学校を辞めたら世の中の冷たく、職につくのも他の人より困難になるという現実を知りはじめたからだ。
 私が学校に友達に会いにいっているとき、兄は自分とそして世の中の厳しさも含めてたたかっていたのだなと初めて気づいた。
 B学園に入った後の兄は妹の私からみても本当にたのしそうだったと思う。部活は陸上部に入り、彼女もできてやっと高校生らしいお兄ちゃんになったと思った。そしてどうかこのまま【普通の人】でいてほしいと思った。

 兄に同世代の人でちゃんと学校に行けている人のことはうらやましいと思うかと尋ねてみた。
〈昔は羨ましかったよ。何人かで集まって楽しそーに話してることに対するコンプレックッスっていうか。でも今は羨ましいと思わないよ。俺にとっての友達はリラックスして話し合える友達なんだよ。自然体でね。この前なんてマンガの話だけで10時間ぶっ通して話したよ。俺に合う友達はいるところにはいるんだよ。〉
 考えかたなどが他と合わなかったとき、今はどう思うのか?
〈世の中が悪いね。自分が合わせられそうな場所はどこかにはあるんだよな。それを見つければいいはなし。〉
 大学を出ていないと何かと不利になることが多いがどう思うか?
〈それも大学、世の中がおかしい。よく周りは『がんばれがんばれ』いうけど先が見えて言ってることなんですか?って思うんだよね。頑張っても負けたら頑張りが足りなかったて評価されるのってズルイよな。フェアに試合しようぜ。〉

 私はどうして同じ両親から生まれたのにこんなにも性格が逆なのだろうと何度も思った。もしかしたらどちらかが養子なのではないかとつい考えてしまうほど逆だ。
 人に「お兄ちゃん何歳?大学何年生?」と聞かれることも「どこの学校?」と聞かれることも嫌だった。ただ「ライターやってるよ」だったり「コンテストで最優秀賞とったんだ」などだけは自慢げに話す本当に都合の良い妹であった。兄弟の話題になるたびに適当に応えていたけれど、私は本当に兄に対して興味がなかった。「私のお兄ちゃんは【変わった人】」と思って勝手に目をそむけていた。
 昔は「兄弟比べられて嫌だよねー」などという会話に共感はもてなかった。なぜなら勉強でも運動でも、人間付き合いの面でも私は兄よりも勝っていると思っていたからだ。しかし、年を重ねるごとに文章力でも表現力でもきちんと自分なりの意見を持っている面でも羨ましいと思ってきた。むしろ兄のほうが人にはないものを持っていて、よっぽど人として面白いと思った。

 私は今まで【普通の】お兄ちゃんだったら・・・と何度も思ったことがある。しかし私にはこの兄が唯一の兄弟なので、いわゆる‘【普通の】お兄ちゃん’とは何なのか分からない。私にとってはこの変わったお兄ちゃんの妹であることが【普通】なのだ。※

(4) 両親への聞き書き

 この兄への聞き書きの中には、母への取材が挿入されている。「お兄ちゃんが学校にいかなくなったときは心配だった?」「できることなら普通に学校も行く子にそだってほしかった?」「学校に行かなくなった頃は登校するようにすすめた?」「まさか自分の子供がこのように育つとは思ってなかった?」といった質問が並ぶ。

 Nの母は次のように答える。
※「お母さんってどちらかというとK(N・Kのこと)と同じタイプじゃない?赤点とって学校卒業できませんとかはありえなかったし自分の人生を参考にできないから戸惑った。どうしていいのか想像もつかなかったから。でも途中で面白がろうと思ったよ。中3のときに担任の先生に言われて気づいたように信じてあげようって。心理学者の本も不登校の子の本もたくさん読んだけど結局はお兄ちゃん自身を信じてあげることなんだよね。自分の事を思い出してみたんだけど、お母さんもお父さん(おじいちゃん)にすごく信頼されててそれが嬉しかったんだ。だから人って誰か一人でもいいから味方を持ってるって大切なこと。親の役割は自分の子供を信じてあげること、それだけ」。※

 Nが「普通」(兄の聞き書きの【 】参照)に強いこだわりを持っていることを思うと、母への取材はどうしても必要だったのだろう。
兄への聞き書きに続いて、Nは父の仕事の聞き書きを行った。それ自体は弊塾での全員への課題なのだが、Nにとっては特別の意味があったろう。Nの家族構成は両親と兄と自分の4人であり、残った取材対象は父だけだった。父の視点からの兄の姿を知れば、自分の家族の全体像が浮かび上がる仕組みだ。
「兄と父親が喧嘩になる」ことも多く、父は「自分の合わないところには敏感な点はある意味お父さんとお兄ちゃんっていうのは似てるのかもね」と語る。その似ている点は、父親の進路や仕事の話から確認できる。
 父は理学部の出身だが、洋書販売会社に就職した。その会社は九〇年代の不況下で倒産し、重役としてその対応に奔走する。その後二回の転職をしている。

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