5月 19

『「聞き書き」の力』(大修館書店)のナカミを知っていただくために、本書の序章「なぜ今、『聞き書き』なのか」を掲載します。

■ 目次 ■

『「聞き書き」の力』
序章 なぜ今、「聞き書き」なのか  中井浩一

第1節 「聞き書き」とは何か
第2節 教育手法としての聞き書き 
 以上 19日

第3節 若者たちの課題とその解決策
第4節 新学習指導要領が私たちに問いかける問題
 以上 20日

第5節 「国語科」とは何か 
 以上 21日

第6節 PISA型学力
第7節 「温故知新」 教育改革と「聞き書き」
 以上 22日

========================================

序章 なぜ今、「聞き書き」なのか

第1節 「聞き書き」とは何か

今ではオーラルヒストリーという言葉が広く世間に流布したようだが、以前は「聞き書き」と呼ばれていた。ではそもそも聞き書きとは何なのか。

それは別段、特別なものではない。人に取材、インタビューをし、その内容を文章にまとめたものでしかない。日々の新聞や雑誌の記事はほとんどがこの範疇に入るだろう。

その中でも、本人の語り口を生かしながら「ひとり語り」の文体で書かれたものの中には、自伝として有名なものが多い。
ロック界のスーパースター・矢沢永吉の『成りあがり』(角川文庫)は若き日の糸井重里が長時間のインタビューをまとめたものだ。矢沢の熱くシャウトとする語りは、彼のロックやブルースそのものだ。『マルカムX自伝』は、アメリカの黒人解放運動史に残る古典的作品になっている。後に『ルーツ』の著者として有名になる作家アレックス・ヘイリーが無名時代に編集したもの。同じ問題意識を共通する語り手と書き手のハートが熱くシンクロして、深い感動を与える読み物になっていると言えよう。これらは聞き書きが感動的な文学作品にまで昇華している例だろう。

近年では政治学者の御厨貴が、政治家への聞き書きを「現代史のための口述記録」と位置づけ、「オーラル・ヒストリー」という言葉を流行らせた。彼がまとめたものに『宮澤喜一回顧録』『武村正義回顧録』(岩波書店)などがある。
著名な人物の人生記録は、ただにその人物の自分史であるだけではなく、時代の証言であり、音楽業界や、黒人社会やその社会的解放運動の歴史的記録、政治や経済の裏面史などの記録としても重要だ。

しかし聞き書きの対象は必ずしも著名人である必要はない。もう少し一般的に生活者、労働者を対象とした聞き書きも広く存在している。柳田国男や宮本常一などの民俗学では「名もなき庶民」「村の古老」などの語りの文章が、基礎資料として多数編集されてきた。その中には、柳田の『遠野物語』、宮本の『忘れられた日本人』(特に「土佐源氏」や「梶田富五郎翁」)など、文学作品として高い評価を得ているものも多い。作家・塩野米松は、「一人語り」の文体を駆使して仕事をしてきた。『木のいのち木のこころ―天・地・人』は宮大工の棟梁・西岡常一の仕事の聞き書きだ。宮大工の西岡は著名だが、もっと「名もなき庶民」への聞き書きを多数、塩野は世に送り出している。

しかしこの「一人語り」の文体は聞き書きの1つの手法でしかないし、そもそも聞き書きという手法は文学作品を生みだすためにだけあるのではない。もっと一般に、事実やデータを記録するために、学術研究では広く使用されている。民俗学、民族学、文化人類学のフールドワークではもちろん、歴史学の「庶民の歴史」の編纂などでも基本的手法となっている。

そして冒頭に述べたように、この手法は、およそ取材をする場合のすべてで行われている基本中の基本でしかない。ジャーナリストにとって、取材・インタビューは必須の前提だ。本多勝一はこの手法をもっぱらたよりとして『中国の旅』を刊行し、大きな社会的問題提起をしたし、立花隆の『宇宙からの生還』は、宇宙飛行士たちが宇宙で体験した不思議な経験の詳細な口述筆記でしかない。そこには宇宙での経験だけでなく、その後の人生(宗教的伝道者になった人もいる)と絡めて、科学と宗教や人生の深遠な関係が感動的に語られている。
しかし、本来、この手法では、書き手、記録者は、そうした専門家に限定されることはない。普通の人による、普通の人の聞き書きも多数編集され刊行されてきた。戦後の戦争体験の聞き書き集、地域の生活史、会社の社史など、も多数出版されている。

以上で、読者には聞き書きが何かを理解していただけただろう。社会的に大きな影響を与えたものもあり、すぐれた文学作品とされているものも多い。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

第2節 教育手法としての聞き書き

さて、これからが本番だ。私たちが本書で問題にしたいのは、聞き書き一般ではない。この聞き書きを、あくまでも、教育手法として取り上げたいのである。教育と言っても、学術界やジャーナリズムの世界で行っている専門家養成のためではない。ここでは、義務教育課程や高校や大学で行われるべき教育として、すべての人が人生を生きるための基礎的能力の養成としての聞き書きを問題にしているのである。

実は、この教育手法としての聞き書きにも、すでに長い歴史がある。民俗学者の宮本常一は小学校教師の時代にそうした試みをしている。戦前から生活綴り方運動の小学校教師たちも実践してきた。戦後は、父母の戦争体験の聞き書き、父母の仕事の聞き書きなどが広く全国の教育現場で行われてきた。近年では、立花隆が東大の教養学部の学生を指導した、70人近くの様々な分野のトップランナーたちへの聞き書き集『二十歳のころ』(新潮文庫)が有名だ。作家の塩野が高校生の「聞き書き甲子園」を組織して10年以上になる。高校生が森や海・川の名人を訪ねて「聞き書き」をして文集にまとめるものだ。

そして今、その聞き書きがまた注目をあびている。現代の若者たちについては、ニートやフリーターの急増、他者や社会問題への無関心、コミュニケーション能力の低さなどのさまざまな問題点が指摘されている。そうした彼らに、現実社会や仕事の話題を通して、大人たちの生き方に向き合わせ、自分の生き方を見つめる方法として脚光をあびているのだ。
新しい学習指導要領でも、この手法が大きく取り上げられている。事実、この方法で、子どもたちの学習の目的が明確になり、進路・進学の意識が高まり成績も大きく伸びた例が多数報告されている。また、この聞き書きは大学受験の志望理由書や小論文対策としても威力を発揮している。

なお本書では、特に高校生を対象として、この聞き書きの指導法を検討する。もちろん、本書の方法は、そのまま中学生や大学生にも使っていただけるし、小学生や一般社会にも応用していただけると思う。
しかし、だからといって、一般論を述べても仕方がない。私がよく知っている高校生に一応限定することで、諸課題を具体的に述べてみたい。それには高校生特有の問題も含むが、そこには聞き書きに本質的な問題が出ていると考えている。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

5月 18

(1)『「聞き書き」の力』(大修館書店)が、いよいよ刊行されます。

すっかり、お待たせしました。3年前からの作業過程をご存知の方は、待ちくたびれて忘れてしまったかも知れませんね。

この本は、高校作文教育研究会の共同研究の成果をまとめたものです。
研究会の共同代表である古宇田栄子さんと私の2人が執筆しました。

研究会では、テーマとして二〇〇五年には一年間集中的に「総合学習」における表現指導について、二〇〇九年からの二年半ほどは「聞き書き」(調査と取材)の研究を行ってきました。その討議を踏まえて、聞き書き指導の方法やその課題を明らかにしようとしたのが本書です。

「聞き書き」そのものの方法論だけではなく、たくさんの問題提起を行っています。

高校段階での表現の指導過程の問題も検討しました。自分史や生活体験文、調べて書く作文や聞き書き、意見文や論文(小論文も)、志望理由書などをどう関連付けて、指導していくべきなのか、という問題です。

本書のタイトルには「聞き書き」とありますが、広く一般的に、調査・取材したことをまとめた文章と理解してください。理科や社会科のレポートまでを範囲として考えています。対象は主として高校生を意識していますが、中学生や大学生、社会人の方々にも十分に有効だと考えています。
どうぞ、国語科や他教科での同志の方々との学習会などにご利用ください。

今、教育現場は「アクティブ・ラーニング」の取り組みで大騒ぎになっているようです。しかし、「学力の三要素」や「アクティブ・ラーニング」という言葉に振り回されることなく、変わることのない教育の本質と、時代の変化の両面をしっかりと見極めることが肝心だと思います。
「アクティブ・ラーニング」に真剣に取り組むならば、何よりも重要なことは、生徒たち一人一人が自分自身の問題意識、問いやテーマをしっかりと創っていけるように支援することでしょう。そのためには、「聞き書き」学習ほど適したものはないのではないでしょうか。

本書は、書店に並び、アマゾンなどで入手できるのは5月の20日過ぎごろになりそうです。

(2)本書の刊行を祝い、以下のような学習会(兼祝賀会)を開催します。

1 期 日 2016年6月19日(日) 10:00?16:30
2 会 場 鶏鳴学園
3 参加費
  1,500円(参加のみ)      
  または3000円(会場で本をお渡しします)

みなで本書をさかなにしして、聞き書きについての疑問や悩みや、成果や主張などを出し合って、大いに盛り上がろうという趣旨です。

ここでは、共同研究の仲間からの問題提起や、コメントの紹介も予定しています。

参加される方は、本書をぜひ一読してから、ご参加ください。

なお、参加申し込みは1週間前までにいただけると幸いです。

(3)本書のナカミを知っていただくために、本書の序章「なぜ今、『聞き書き』なのか」を、明日から掲載します。

10月 15

10月14日の毎日新聞の18面「くらしナビ」の欄で「大学入試改革 教育界から提言」で私見が掲載されました。
取材を受けて話したものです。

『大学入試の戦後史』(中公新書ラクレ)で発表した考えを、現状に当てはめた内容です。

大学入試はもうその使命を終えました。

問題は日本社会の「平等観」にあります。
従来の、同じ内容を求めると言うくだらないレベルの平等観から、
1人1人に、それぞれの能力にあった学習が保障されることを平等と考える社会へと、早く脱皮するべきだと思います。

紙面では、私見を「塾の立場」として紹介していますが、客観的な真理の立場からの発言であって、「塾の立場」などを考えたことはありません。それは読者が判断してください。

7月 09

7月3日に、静岡県富士市の唯一の市立高校である、富士市立高校で講演をしま
した。

志望理由書、小論文を書く前の、生徒の課題意識を引き出す指導についての講演
でした。

ただし、国語科の先生方が対象ではなく、全教員が対象だったのが、この学校の
特色と関係します。

この高校は以前は商業高校だったのですが、生徒募集も難しくなり、学校改革に
着手し、平成23年度入学生より学科改編を行いました。2013年度で3年
目、初めての卒業生を送り出します。

 地域に結び付いた学校、生徒の進路・進学の夢実現に、全教員が一丸となって
取り組む学校が、その理念です。

前身が商業科の高校で、就職する生徒が大勢を占めていたため、富士市立高校と
して初めての卒業生を送り出す山場の3年目を迎え、進学を目指す3年生へのサ
ポート体制が十分でないことが、課題だったようです。

推薦入試、AO入試などを活用して進学を考える生徒の割合が高いようですが、学
校の組織として、小論文、志望理由書、面接などへの対応の積み重ねがないこと
が、先生方にとっての不安になっていたようです。

また、これまで実施してきた小論文等の文章指導を通して、小論文の型にはめる
ような指導では、生徒の課題意識を引き出すことが難しいことも、指導への不安
を大きくしていたとうかがいました。

そこで、私の登場になるのですが、
生徒の問題意識を育てるための現場取材から聞き書き、それから意見文
や小論文、志望理由書や面接に備える方法をお話しました。

「生徒の進路・進学の夢実現に、全教員が一丸となって取り組む」ことは理想で
すが、なかなか難しいのが現状です。理想を実現する方法と力を、先生たち自身
が生徒たちに見せつけてほしいと思います。先生方のご健闘を祈り、富士市立高
校の1期生たちの成果を期待しています。

3月 04

2月28日に、朝日新聞の記者と、学研の編集者から、取材を受けた。

いずれも大学入試の近況がテーマで、国立大学の法人化の影響を考えたいとのことだった。

この時期にはこうした取材をよく受ける。

一昨年も毎日新聞社の取材を受けた。

私の考えは『大学入試の戦後史』(中公新書ラクレ)に書いた通り。

大学入試に集約的に表れた、日本社会の平等観、能力と平等の矛盾の処理方法に、私の関心はある。

日本での平等の考え方は「みんな同じ」が平等とする。

本来は、「みんな能力が違う。その種類も高低も認め合って、みながそれぞれに高めあえること」が平等だと思う。

この問題は、とても深く大きいと思っているので、何とか解決してきたい。