5月 09

5月以降のゼミのスケジュールが決まりました。

関心のある方は、今から日程調整や、テキスト購入などの準備をしてください。

参加希望者は、前もって以下に申し込みください。
 読書会、文章ゼミ、月曜日のゼミなど、すべての参加費は1回3000円です。

なお、初めての参加者には、事前に「自己紹介文」を書いていただいています。

 1. 簡単な履歴(年齢、大学・学部、仕事など)
 2. 何を学びたいのか
 3. どのようにこの学習会を知ったのか、なぜこの学習会で学びたいのか
 
 などを書いて、以下にお送り下さい。
 E-mail:sogo-m@mx5.nisiq.net

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(1)5月以降の読書会と文章ゼミのスケジュール

読書会は、原則は午後5時から開始。7時からは、参加者の報告と意見交換の時間があります。
文章ゼミは午後5時開始です。

5月
   21日 読書会 

 6月
  4日 文ゼミ
  18日 読書会

 7月
  2日 文ゼミ
  16日 読書会

 8月
  18?21日(予定) 合宿

 9月
  17日 文ゼミ

 10月以降は未定。

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(2)読書会のテキスト

☆5月21日 読書会 

ヘーゲル『精神現象学』の「理性論」を翻訳で読みます。
 
範囲はヘーゲル『精神現象学』の第3部第5章「理性論」の第1節です。

テキストは牧野紀之訳、未知谷からの刊行版を使用します。購入するか、図書館でかりるなりしてください。

「理性」の段階とは、夏目漱石の「私の個人主義」(『漱石文明論集』岩波文庫に収録)でいうところの、他者本位から自己本位への大転換後の段階で、「先生を選べ」を自覚的に行っている段階と言えるでしょう。

☆6月18日 読書会

 テキスト:山田孝雄『日本文法学要論』(書肆心水)

日本語とは何か、言語とは何かを考えるシリーズです。
明治以降の日本語論で最高最大の功績を残しているのが山田文法です。それに取り組みます。
 テキストは高価なので、図書館で借りるなどしてください。
 必要箇所はコピーをお渡しする予定です(実費をいただきます。)

☆7月16日 読書会

 福沢諭吉の『文明論の概略』(岩波文庫)を読みます。
 これは日本の近代化を考える上での必須のテキストであり、政治、経済、文化などのあらゆる面での、日本の近代化の諸問題を考えるための、前提となるテキストです。
 明治時代のその諸問題が、実は、今の私たちの諸問題の根底に「未解決」のまま横たわっているのです。

これは、内容充実のテキストなので、数回に分けて読みたいと思います。

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(3)毎週月曜日のゼミは5月16日から開始します。

午後5時からはヘーゲルの原書講読で
『小論理学』の「概念論」を読みます。毎回3ページほどを読みます。

ドイツ語の初心者のために、午後3時からドイツ語の指導の時間もとっています。

午後7時からは、関口存男『定冠詞論』を毎回80?100ページずつ読みます。
5月は、第2編からです。
参加者にはテキストはコピーしたものをお渡しします。(実費をいただきます。)

4月 18

春の合宿の案内

新緑の美しい季節が来ますね。

その季節に、山梨県の八ヶ岳の麓の清里で、合宿を行います。
ヘーゲルの『精神現象学』の理性論を読み、各自の報告会や文章ゼミも行います。
一部だけの参加も可能です。
関心のある方は連絡ください。

(1)日程
 5月3日?5日 

(2) 学習メニュー
翻訳(牧野紀之訳 未知谷)でヘーゲル『精神現象学』の第3部第5章「理性論」の第1節を読みます。
晩には、文章ゼミ、報告会(現実と闘う時間)を行います。
そこで、基本文献(『生活の中の哲学』『先生を選べ』『ヘーゲルの修業』など)について説明し、一部は読みます。

合宿への参加希望者は、前もって以下に連絡ください。
 詳細をお伝えします。
ただし、初めての方は、事前に「自己紹介文」を書いて送ってください。

 1. 簡単な履歴(年齢、大学・学部、仕事など)
 2. 何を学びたいのか
 3. どのようにこの学習会を知ったのか、なぜこの学習会で学びたいのか
 
 などを書いて、以下にお送り下さい。
 E-mail:sogo-m@mx5.nisiq.net

4月 16

『サンデー毎日』の今週号(4月24日号)で、大学入試問題のミスに関する記事が出ている。
私も取材を受けて、1時間近く話したが、話した100の内、1しか使われず、それもどうでも良い部分だった。

私は大学入試が、日本社会の高度経済成長期、建前の「平等」と現実の「格差」の矛盾を隠す安全弁の役割を果たしてきたこと。
それが、今も、惰性的に続いていること。
それを述べたのだが、
それは
この記事が問題にしていることを、根本問題の矮小化だということになる。

関心のある方は、拙著『大学入試の戦後史』(中公新書ラクレ)をお読みください。

を根底から記じの

4月 14

遅い桜が満開を迎え、早くも散っています。
なぜか、今年は、桜には心が動きません。
椿の可憐さ、芳醇さ、鮮やかさ、さまざまな姿に心惹かれます。
西洋のバラは、日本では椿なのだと思います。

今年も新たな年度を迎えました。
この時期が嬉しいのは、さまざまな美術館で素敵な企画が見られるようになるからです。

今東京で行われている展覧会で3つお薦めがあります。いずれも実際に観てきました。

1.「牛島憲之」展 渋谷区松濤美術館
http://shoto-museum.jp/ 

2..「白洲正子」展 世田谷美術館
http://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/exhibition.html 

3.「江戸の人物画―姿の美、力、奇」 府中市美術館
http://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/ 

です。

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1.「牛島憲之」展 渋谷区松濤美術館

 今回の展覧会のポスターの牛の絵(「春林」)がよくて、見に行きました。
静かに、圧倒されました。すぐにわかるような「迫力」「激しさ」「華麗」「斬新」「凄み」といった絵ではありません。心に染みてきて、泣き出してしまう、そういった絵です。
初期の「貝焼場」が楽しく、日本にもこんな明るいワクワクする絵があるのか、と驚きました。「山の駅」「赤坂見附」も、楽しみました。

戦争中に「山峡の秋」(出展はされていない)のような絵しか描いていないことにも驚きました。戦後すぐの「炎昼」には新しい世界が存在しています。

その後の絵は、工場やタンクなどを取り込みながら、ますます深く単純化が進みます。その中には、正直に言って、私にとって退屈なものもたくさんあります。しかし、わしづかみにされる絵もあります。全体として、彼の世界に包み込まれ、それは幸せでした。

牛島憲之は1997年に97歳で亡くなった画家です。西洋に一度も行かず、日本の身近な風景を書き続けました。実は、忘れていたのですが、私は彼の絵をかなりの量、見ていたようです。よく行く府中市美術館には「牛島憲之記念館」があり、行くたびにそこにも足を踏み入れているからです。しかし、記憶に残っていません。「退屈」に感じ、そこにある「凄さ」に気づけなかったようです。不明を恥じるしかありません。

以前、関合正明の絵について、風景の中の人物像の意味を突き詰めていないと、書いたことがあります。風景の中に人物を書く意味を突き詰めていないように思えたのです。

牛島憲之は、それを突き詰めて、彼の答えを出しています。一事が万事このように、牛島は、すべての諸問題に彼の答えを出した上で、絵を描いていると思います。とことん突き詰めていく作業に耐えていける強い人だと思いました。

日本には南画、文人画といった系譜があります。それも彼の絵から感じます。もっと言えば、日本の伝統そのものと言って良いのかも知れません。

2.「白洲正子」展 世田谷美術館
 白洲ファン、白洲が示した日本人の信仰、宗教観、美の世界に関心がある人には、ありがたい展覧会です。
 「日月山水図屏風」をゆっくりと見てきました。改めて、緑の一色しかないことを確認しました。秋にも赤や紅がない。他は桜や雪の白と、背景の金と銀だけです。
秋の場面に滝があること、波の描き方と波頭が銀で描かれていることなど、確認しました。すごい絵ですね。

3.「江戸の人物画―姿の美、力、奇」 府中市美術館
 府中市美術館は、企画力、展示力があると思います。2年前にも「江戸の風景画」を多様な視点から読み解く展覧会を行っています。今回はその続きで、「人物画」の持つ意味を、江戸時代に遡って考えさせる。「想像」「リアル」の意味や、「ポーズ」の意味、西洋画との出会いの意味。そうしたことを考えながら、好きな画家だけではなく、未知の画家や興味深い絵画に出会えることも、こうした企画の嬉しい点です。

4月 13

4月の統一地方選で山梨県議選(山梨県甲府市)に、友人の笹本貴之君が出馬した。
彼は、全国で初めて「ワインツーリズム」を企画・運営し成功をおさめた。地方紙はもちろんだが、全国紙でも紹介された有名人だ。

私は、学習会中心の政治運動を提唱し、1年以上前から彼を応援してきた。「学習会中心の政治運動」という理念、その学習会のナカミの1例(コミュニティービジネスからみた「ワインツーリズム」)はこのメルマガの165から169号で紹介した。

その結果が一昨日4月10日に出た。次点で、夢は叶わなかった。
本当に、残念に思う。

これからその総括作業をすることになるが、地域の政治を変えるためには彼の活動が必要だと思う。

このメルマガの読者で山梨の甲府にお住まいの方はぜひ、彼のブログなどをお読みいただきたい。また知人に甲府在住の方がいたら、ブログなどを是非ご紹介いただきたい。

笹本 貴之
<個人公式サイト>
http://sasamoto.net
<個人公式ブログ>
http://sasamoto.sblo.jp

さて、今回述べたいのはそのことではない。マスコミの言う「公平・公正」について考えてみたいのだ。昨日に続いて、以下の3.4.を掲載する。

■ 目次 ■

マスコミの「公平・公正」 中井浩一
1.報道されなかった記者会見
2.マスコミの建前と本音
3.問題は基準の明確化である
4.「政治的な中立」

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◇◆ マスコミの「公平・公正」  中井浩一 ◆◇

3.問題は基準の明確化である

本当の「公平、公正」とは、すべてを「同じ」扱いにすることではなく、その「違い」をはっきりさせ、明確な「区別」をすることではないか。「選別」「えこひいき」を積極的にするべきではないのか。

問題になるのは、「区別」「選別」をすること自体ではなく、その基準が示されないことなのだ。その基準を明示し、それがきちんと説明される限り、「区別」「選別」は奨励されるべきことだ。問題は「区別」「選別」ではない。問題は「区別」「選別」の基準それ自体であり、その基準の是非になる。それこそが、議論されるべきなのだ。

実は今でも、人気の高い人や話題になる人には、「読者や視聴者の関心がある」ということで「えこひいき」「選別」が平然と行われている。ただし、その理由、基準は「読者や視聴者の関心がある」からなのだ。つまり、新聞が売れること、テレビの視聴率が取れるか否かが基準なのだ。しかし「公器の責任」などときれいごとを言うだけで、そうした基準を明示せずにごまかしている。

では正面から問おう。選挙報道で報道するか否かの、候補者選別の基準は、「読者や視聴者の関心がある」で良いのか。

例えば、今回の地方統一選の報道であれば、その基準はどうあるべきなのか。
今の時代をどう考え、今の政治、地域の課題をどう理解するか、それを解決するには、どのような人材、どのような政策が必要か。それが基準になるだろう。

それをまず明確に示し、その基準にかなった人を推薦、紹介し、そうでない人を批判し、無視すべき人は無視する。
それが真の「公平、公正」であり、マスコミの使命を果たすことではないか。

マスコミが「公平、公正」を盾にして、候補者を横並びにしたがるのには、保身の他に、より根本の原因がある。それは、マスコミの多くには、こうした選別の基準を用意するだけの能力も覚悟もないということだ。それが「公平、公正」を振り回す一番の理由ではないだろうか。

もちろん、こうなる経済的な理由がある。広告収入に依存している事情や、大新聞の「全国紙」というありかた、地方紙も各県に1紙しか存在せず寡占状態になっていることなどが挙げられるだろう。

4.「政治的な中立」

さいごに、マスコミの「政治的な中立」について触れておこう。私のようなことを主張すれば、すぐにこの問題が持ち出されるからだ。

まず確認すべきことは、そもそも政治的にも経済的にも、文化的にも、およそ「中立」などというものは存在しない、という事実である。すべての人間、組織には、それぞれのおかれた立場があり、その能力も限られており、限定された立場を持っている。
こんな当たり前のことを確認しなければならないことが情けない。

したがって、今回「公平、公正」で主張したことを、この問題でも繰り返すしかない。つまり、「中立でないこと」や「立場」があることが問題なのではない。その「立場」を明示せず、中立を装うことが問題なのだ。責任を求められる人や組織は、自分の立場を明示し、その上で、意見を言い、報道をし、表現活動をすればよいだけだ。

私たちがすべきことは他人に「中立」を求めることではない。求めるべきは、その立場をきちんと表明することであり、その立場を個々の報道においてわかりやすく説明することである。私たちはそれらを比較検討し、自分の「立場」を考え、個々の事実や事件の評価を決めればよいだけだ。

さて、こんな当たり前のことがなぜ通用せず、おかしなことになっているのか。それを考えることは重要だ。東西冷戦という時代背景も、日本的「ムラ社会」も、価値判断の客観性の問題も、これに関わるだろう。

しかし、いいかげん、こうした低いレベルで議論することを止めなければならない。

なお、蛇足ながら付け加えておく。今回取り上げた「公平、公正」の問題は、行政や教育界にも蔓延している。それらの問題も基本的には同じ原則で解決できると、私は思っている。