12月 27

4月から言語学の学習会を始めました。その報告と成果の一部をまとめました。
1.言語学の連続学習会 
2.日本語研究の問題点 
と掲載してきましたが

3.関口人間学の成立とハイデガー哲学
は、以下の順で4回で掲載します。

(1)関口の問題意識と「先生」
(2)関口の自己本位の由来
(3)ダイナミックな思考法 (すべては運動と矛盾からなる)
(4)ヘーゲルとハイデガー (世界と人間の意識と言語世界)

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◇◆ 関口人間学の成立とハイデガー哲学 ◆◇  

(3)ダイナミックな思考法 (すべては運動と矛盾からなる)

 さて、こうして生まれた関口のドイツ語学は、どのようなものになっただろうか。
 まずそれは、人間の本質を明らかにする「人間学」となった。
 関口のように語感と「含み」を中心にすることは、それを生み出した人間の意識そのものを問うことになり、それは「人間そのもの」を問うことにほかならない。

 そして、それは同時に、ヘーゲル張りの「発展」的な把握、概念的な把握になっている。なぜなら、「含み」を明らかにすることは、潜在的な思いを顕在化することに他ならず、それ自体が発展の論理に他ならないからなのだ。それは冠詞論全体の構成、展開法から、個々の用語の細部の説明にいたるまで、貫徹されている。

 感動的なのは彼の名詞論だ。『不定冠詞論』182?186ページにある「名詞論」は圧巻だった。

 関口は言語表現の流動性に着目する。すると、およそすべての品詞が流動し、流動の達意を表現する。その中に「ただ一つ流動しないものが言語の中にある。流れに押されて動きはするが、それ自体は流動せず、万象流転の言語現象に抗するかのごとく、固く結んで解けず、凝として凍って流れず」。それが名詞だという。「本来は流動的であり融通的であるはずの達意をも、流動をとどめ融通をさえぎって凍結せしめる、これが名詞の機能である」。
 では、なぜに名詞が必要なのか。「全体の円滑なる流動は、部分の非円滑なる凍結のおかげ」だからだ。「人間社会とその生存の努力は、滔々と流れ流れて停止するところを知らざる万象流転と新陳代謝そのものであるとはいえ、その流転、その代謝は、局部的停止、部分的凝固、一時的凍結なしには円滑に代謝流転できないのである」。これが言語の世界に名詞という反流動的な意味形態が必要になった理由として、関口が挙げる理由なのである。もちろんここには自家撞着(矛盾)がある。その結果、「名詞性に多少の段階」があるのだ。
 関口は名詞と他の品詞を比較し、名詞こそが優勢であり、「名詞が本当にことばであって、名詞以外は何だかことばらしくない」というのが「感触の実状」であることを示す。
 しかし、真実はその反対であり、「ことばというものは流動と融通と融解と無常とを以て根底とする」ものだと、言う。では、どうしてこうした逆転が起こるのか。
 「流動そのものである言語は、しきりに何かはっきりとした姿を取った拠点、しがみつくことのできるような不動の何物かを求めてやまないからこそ名詞を重要視する」のだ。
 ここには「無理」があり、矛盾がある。そのために「名詞の名詞性に無限の段階が生じ、無限のニュアンスが生ずる」。そして、その名詞性を示す「目印」こそが、「冠詞」なのだ。そこには定冠詞、不定冠詞、無冠詞の3種があるが、最も注目すべきなのが不定冠詞だという。
 つまり、名詞は、運動するものを固定化するという矛盾そのものだ。そこで、名詞は実際にはさまざまなニュアンス(「含み」)を持つ。そのニュアンスを直接表に現すのが冠詞なのだ。これが関口の冠詞(特に不定冠詞)の説明なのである。

 だから、関口は『不定冠詞論』で不定冠詞の含みを4段階に示し、その第2の「不定性」では「或る」の5種類として、その微妙な含み(ニュアンス)の違いを展開している。
 このように関口は言語世界に矛盾とそれゆえの運動を見ており、それをとらえるために、全力を傾注している。それがヘーゲルやマルクスの弁証法のようなダイナミックな思考を生みだしている。

 また名詞論で、関口は名詞が世界を「つかむ」(ここからbegreifen「概念的把握」をヘーゲルは引き出す)ために生まれたことに着目するが、この「つかむ」の説明のために、彼は労働論を展開する。そして労働(つかむ)から思考への発展を展開してみせる(327ページ)。これは労働から思考が生まれたという、ヘーゲルやマルクスの思想と同じ内容であり、関口がそれらを読んでいないだろうことを思うと、そのすごさに圧倒される。

 言語世界が矛盾であり、絶え間ない運動であることを関口はよく理解しており、その矛盾が運動を生み出すこともよく理解している。だから、彼の言語学は、この矛盾を矛盾のままにとらえることになるのだ。
 矛盾と運動が関口の対象なのだから、彼自身もまた誰よりも激しく運動する。彼はつねに内部に矛盾を抱え、自分と他者との間で激しく往還運動をする。それは日本語と西欧語の間でもそうだし、意味形態論と形式文法の間でもそうだ。

 以上からわかるように、関口はヘーゲルの「発展の立場」に極めて近いところにある。しかし、そこにある大きな違いに目をつぶることはできない。

2月 11

 ヘーゲル哲学学習会では、『精神現象学』の序文に出てきた「存在の運動と認識の運動の一致」を確認するために、「ヘーゲルの弟子」を自称しているマルクスの『経済学批判』『資本論』を読んでいます。

 その中で考えたこと、気づいたことがいくつかあります。その中から、2点をまとめました。
 「人はいかにして自立できるか ーマルクスの「思想的履歴書」ー」は『経済学批判』の「序言」について。
 「ヘーゲル哲学は本当に『観念論』だろうか」は、「経済学批判序説」の有名な「経済学の方法」。その中の「自己批判と他者批判の統一」という有名な主張から考えました。

 「ヘーゲル哲学は本当に『観念論』だろうか」で今回問題提起したのは、実に大きな問題だと思っています。

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◇◆ ヘーゲル哲学は本当に「観念論」だろうか ◆◇

 マルクス、エンゲルスは自らの立場を唯物弁証法、唯物史観とし、ヘーゲル哲学を「観念論的」弁証法だとして批判した。ヘーゲルの弁証法は哲学史上の最大、最高の遺産だが、それは観念論であり、「逆立ち」しているのでそれを唯物論の立場からひっくり返したのが唯物弁証法だというのだ。
 しかし、このまとめは大きな間違いだったと思う。政治パンフレットのわかりやすさとしては良いが、そのわかりやすさとは、いかにも悟性的であり、他を一面的に切り捨て、発展的な理解、つまり弁証法からかけはなれたものだったからだ。
 本来は、悟性の意義と同時にその限界を指摘し、仲間の人々には悟性を克服する学習運動をうながさなければならないはずが、その逆になってしまった。
 「空想的」社会主義者に「科学的」社会主義を対置し、上部構造に下部構造を対置し、宗教に科学を対置し、両者を単純な対立関係とし、前者を切って捨てた。その結果、仲間や支持者の間に「観念」や「理想」や「夢」への蔑視、軽視の傾向を生んでしまった。

 ヘーゲルはすでに「存在が意識を規定する」ことを明らかにしていた。それは彼の論理学が客観的論理(存在論と本質論)から主体的論理(概念論)がでてくることに端的に示されている。また、彼の哲学史、歴史哲学、法哲学などでも、このことは確認できると思う。ただし、ヘーゲルにあっては、この規定を精神史一般、人類史一般、民族一般の運動として考察していた。
 これは「存在」の意味が抽象的で一般的なままにとどまっていたと言える。これを具体化、現実化したのが、マルクスの唯物史観である。つまり、「社会的存在が社会的意識を規定する」とし、それを経済と政治の関係としてとらえ、下部構造が上部構造を規定するとしたのである。これはヘーゲルの抽象的普遍を、一層発展させ、より具体化、現実化、個別化したのである。(以上は牧野紀之「価値判断は主観的か」による)

 この時、マルクスは、自分が乗り越えたヘーゲルをどう批判し、どう評価するのが正しかっただろうか。
 実際にマルクスが行ったことは、ヘーゲルを「観念論」だとし、「逆立ちしている」と批判することだった。これは、どこまで正しい批判だっただろうか。ただし、ここでの「正しさ」とはマルクスが到達した発展段階、唯物史観の立場からのものを言う。

 ヘーゲルは確かに唯物史観には到達できなかった。そのことを指摘し、それを批判することは正しい。しかし、それをヘーゲルの「観念論」の責任にするのが正しかっただろうか。もちろんヘーゲルの叙述の中に、精神至上主義的な個所は多数指摘できる。しかし、同時に、かれが経済発展とその矛盾故の市場拡大の動き、経済を反映した法関係といった理解を示している個所を挙げることも簡単なことなのだ(『法の哲学』を参照)。
 ヘーゲルにあっては、唯物史観で言うところの上部と下部への分裂が明確に意識されていなかったと言える。しかし、それを持って「観念論」と批判するのは妥当だろうか。ヘーゲルは「精神」という言葉で、市民社会も、その経済活動も含めていた。上部と下部の区別がなく、混在していたのがヘーゲル哲学であり、彼の時代ではなかったか。

 マルクスのヘーゲル批判が、「観念論」という言葉の不適切な拡大だというだけではない。この批判の仕方には、もっとずっと根本的な問題が含まれている。マルクスが、唯物史観の立場から唯物史観で唯物史観をとらえるという「自己批判」をしていることは有名である(『哲学の貧困』第2部第1章第7の考察)。
 また「経済学の方法」(『経済学批判序説』第3)ではそうした「自己批判」なしの「他者批判」では一面的な考察しかできないと述べ、事実上「自己批判と他者批判の統一」を主張している。
 これらは画期的な観点であり、自らが他と群を抜いて高い立場にあることを示すものだった。しかし、マルクスにも、実際にはそれはできていなかったのではないか。それがヘーゲルへの「観念論」だという批判の仕方に現れていないか。

 マルクスは、ヘーゲルを観念論として批判するのではなく、ヘーゲルが唯物史観には到達できず、その思想を具体化できなかったと、批判するのが正しかった。
 マルクスは、ヘーゲルの不十分さの理由を、ヘーゲルの「観念論」のせいにする(それこそが観念論的ではないか)のではなく、社会的、経済的発展段階の問題として考察すべきではなかったか(これが唯物史観だろう)。
 つまり、ヘーゲルがそこに至らなかったのは、当時の発展段階がそこまで到達していなかったからだし、マルクスがそれを把握できたのも、彼の時代が、ドイツで資本主義が大きく発展し、大土地所有者とブルジョワジーの対立が激化した時期だったからに他ならない。こうした理解が、発展的理解(「自己批判と他者批判の統一」)と言うものだろう。

 マルクスは、本来はこう言うべきだった。 

 「ヘーゲルは発展的な理解を明らかにするという巨大な仕事をした。それは近代市民社会の生成という時代を反映している。しかし、当時のドイツは資本主義の未発達な段階だったために、『存在が意識を規定する』というヘーゲルの定式は個人の、または歴史一般のレベルにとどまっていた。
 しかし、ドイツでも近年急速に土地所有階級が没落し、資本家が成長し、資本主義を論理的に考察できる段階になった。それゆえに、ヘーゲルの限界を超えて、『存在が意識を規定する』という定式を、個人から社会全体に押し広げ、または歴史一般、民族史一般から具体化し、『社会的存在が社会的意識を規定する』と定式化できた。それが、私(マルクス)の唯物史観である。
 しかし、ヘーゲルがそうであったように、私の考え『唯物史観』も時代の制約下にあり、その不十分な点は、次の時代の後継者に乗り超えてもらうことを期待する。そのためには、ヘーゲル哲学を徹底的に学び、その発展として私の唯物史観を理解し、その上で唯物史観をさらに発展させてほしい」。

 ところが、マルクスはこう言うことができず、ヘーゲルを「観念論」だと切り捨ててしまった。それはマルクス自身の思想を「一面的」なものにした。これは大きな間違いだっただろう。これによって、彼の支持者たちが、ヘーゲルの弁証法、発展の考え方を継承することを難しくしてしまったからだ。
 マルクスとエンゲルスは、「科学的」「唯物史観」「唯物弁証法」の立場を口にはしたが、実際にはそれを貫けず、他を「空想的」「観念論」などと切り捨てる一面性に陥った。そのために、彼らは、理想、夢、空想などを一般的にいけないもの、否定すべきものとし、その結果、夢や理想主義を馬鹿にする傾向、語れない傾向を生み、それらを語る他派や宗教者を理解する力を失った。マルクス自身、結局、夢の世界像を示せなくなった。
 こうした批判の一面性、傲慢さが、宗教批判、国家批判にも出ているのではないか。

 ところで、私が以上のことを言えるのは、今現在が高度経済成長が終わり、社会主義が破綻し東西冷戦が終わったという、かつてない未知の段階に到達しているからなのである。
(2010・1・26)

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2月 11

◇◆ 人はいかにして自立できるか ーマルクスの「思想的履歴書」ー ◆◇

 『経済学批判』の「序言」を読み、これはマルクスの「思想的履歴書」だと思った。
 人間はいかにして自立できるのか、つまりいかにして自分の思想を作り、それを生きることができるのか。その「問い」への見事な回答になっている。

 回答はこうだ。まずは、1自分の生活から問題意識(テーマ)を持ち、2その問題を解決する観点から先生を選び、先生から徹底的に学び、3最初の問いへの答え(自分の思想、自分の立場)を出す。
 これが思想の生成過程。しかし、この段階では、まだそれは芽でしかない。その後、その答え(自分の思想、自分の立場)を様々な課題に応用して具体化していく。これが展開過程。このようにして人は自分を作ることができる。これはヘーゲルの発展の論理を、個人の成長過程に具体化したものだ。

 「序言」は以下の構成になっている。
1) 導入部
2)問いが明確になるまで
3)先生を選び学んだこと
4)問いの答え(唯物史観)を出したこと
5)答え(唯物史観)の詳しい説明
6)一応の答えを出してから、さらに研究を進めて『経済学批判』を出すまで

 2)が1問題意識(テーマ)を持つ過程。問題とは、法律の問題と経済の関係はいかなるものか。当時の社会主義、共産主義をどう理解したらよいか。
 3)が2その問題を解決する観点から先生を選び、先生から徹底的に学んだ過程。
 4)が3最初の問いへの答え(自分の思想、自分の立場)を出したこと。
 5)で、定式化された唯物史観、完成された唯物史観の説明をしている。しかし、時間的には、完成は後のことであろう。最初に生まれたのは、唯物史観の芽でしかない。それをその後、さまざまなライバルたち、論敵に適応して論争し論破する6)の過程で具体化していったものだろう。
 2)から4)が思想の生成過程であり、6)が展開過程に当たる。

 こう見てくると、この序言は、思想を持って生きる上での模範的な過程ではないだろうか。ただ、マルクス自身はそれを自覚していなかったようだ。
 3)では、ヘーゲルを先生にして学んでいるが、この意味をマルクスは語らない。なぜヘーゲルだったのか。それが過去の最高のレベルのものだからだろう。ここで先生を選ぶことの意味、この過程こそが「発展の論理」の具体化だということを指摘できなかったのは、残念なことだ。
 マルクスにそれができなかった理由の一端は「ヘーゲル哲学は本当に『観念論』だろうか」に述べたことにあると思う。
 マルクスは、人が自立するための問題と回答を、自らの経験から語りながら、その意味を十分に自覚できず、それを一般化して定式化し、人々に示すことができなかった。本当は「自分を見習って、みなさんも学び、生きるように」提案するべきだった。特に共産党員には、その幹部には、それを強く求めるべきだったし、直接の指導をすべきだっただろう。

 マルクスに代わり、この意味を明らかにしたのが牧野紀之の「先生を選べ」である。
(2010・2・2)

6月 18

ゼミのヘーゲル学習会の成果。

?から?を、この順でブログで発表する。今回は?

?ヘーゲル『法の哲学』へのノート 
?ヘーゲルの国家論 
?マルクスの「ヘーゲル国家論批判」へのノート 
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◇◆ マルクスの「ヘーゲル国家論批判」へのノート  ◆◇

昨年2008年8月にはヘーゲル学習会の合宿でヘーゲル『法の哲学』の国家論を読んだ。さらに秋にかけて、マルクスの「ヘーゲル国法論批判」と「ヘーゲル法哲学批判序説」を読んでみた。そこで考えたことをまとめておく。テキストは「ヘーゲル国法論批判」は『マルクス・エンゲルス全集第1巻(大月書店)』、「ヘーゲル法哲学批判序説」は岩波文庫『ユダヤ人問題によせて ヘーゲル法哲学批判序説』を使用した。ページ数はこれらのテキストのもの。

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○マルクスの学ぶ姿勢
(1)「先生を追い越す」ために「先生から徹底的に学ぶ」姿勢がある
「徹底的に学ぶ」ことは、徹底的に「真似」をすることだ。

?「科学的社会主義」
マルクスは、当時のドイツに入ってきたフランス直輸入の共産主義について「この共産主義はそれ自体、その対立物である私有制度の影響を受けた一現象、人道的原理の特異な一現象にすぎません」と言う(岩波文庫『ユダヤ人問題によせて ヘーゲル法哲学批判序説』の訳者解説から 165ページ)
これは次のように言っていることになる。「この共産主義は私有制度に反対するだけで、私有制度を理解した上で、それを止揚する立場として自らを構築したのではない。したがって、それは反対する私有制度に依存している低い思想でしかなく、自立していない。一方的に否定するだけで、その根拠は抽象的人道的原理があるだけだ」。
マルクスの言いたいことは、ヘーゲルの論理展開と一致する。この批判が「空想的社会主義」と概念化され、その代案としての自らの立場に「科学的社会主義」が対置された。それはヘーゲル主義と言って良いと牧野紀之は言うが、その通りなのだ。

?「疎外」論もヘーゲルから。
「疎外」論もヘーゲルからの継承発展。ただ、フォイエルバッハを媒介にして、ヘーゲルから間接的に導入したと言えるかもしれない。即自的や対自的「an sich][feur sich]もそう

?フォイエルバッハも、ヘーゲルから「徹底的に学ぶ」ことをしている。
彼の神の存在の否定(唯物論)、つまり「神は人間の本質を外に投影したものでしかない」ことを導き出す論理が、「ある存在が何であるかは、ただその対象からのみ認識され、ある存在が必然的に関係する対象は、その明示された本質に他ならない」。つまり、ある対象の本質は、それが必然的に関係する対象に現れるのだが、そのヘーゲルの論理を応用したものだった。

(2)マルクスには性急で強引に否定する面がある。青二才の部分
 「論理的汎神論的神秘主義」(236ページ)の説明など
 これは青年期特有の、功を焦り、自立をあせり、唯物史観の確立へのあせりが大きな要因だと思う。しかし、これは大志を抱く青年につきものの欠点であり、批判しても仕方ない。マルクスは後に反省し、また周囲がヘーゲルの優れた点をあまりにも理解していないことにも気づき、ヘーゲルを持ち上げるようになる。

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○マルクスのヘーゲル国家論批判
核心は2点

(1)思想家としての自立のために、唯物史観を完成することが緊急の課題だった

?ヘーゲル哲学を観念論として激しく批判する
ヘーゲルは「観念論」だとの、マルクスのヘーゲル批判(「論理的汎神論的神秘主義」236ページ)は、結局、唯物史観での上部と下部のどちらを規定的と考えるかの相違なのだろう。
マルクスは経済と政治の対立を述べている。経済的解放と政治的解放との違い。
「政治的国家」と「市民社会」、「市民身分」と「政治的身分」の矛盾としてマルクスが指摘しているのは、すべてこの問題ではないか。

?ヘーゲルは唯物史観の観点でも、観念論的とは決めつけられないと思う。
第1部で所有権を人格の平等の根拠としていること。
第3部の市民社会論で、ヘーゲルは経済問題を取り上げ、格差の拡大(窮乏化論)、市場拡大の至上命題、植民地政策と国家との一体化などを述べていた。
こうした点を、マルクスはどこまで理解していたのだろう。

?市民社会論で、ヘーゲルは経済問題を取り上げ、格差の拡大(窮乏化論)、市場拡大の至上命題、植民地政策と国家との一体化などを述べていた。
それを受けて、国家論では、植民地政策と国家との一体化の運動について詳しく論述されると、私は期待していたが、それはない。ヘーゲルの国家論は政治組織論で、経済問題はごっそりと落ちている。制度論(形式論)で、内容の話がない。
この点の批判としてならば、マルクスの批判は妥当。

?§274へのマルクスの批判(251ページ)にもマルクスの曲解がある。
エンゲルスは、マルクスとは反対に、ヘーゲルの真意を、当時のドイツ民族の程度(民度)が、君主制しか可能にしなかった、と理解している。私も同じ。
エンゲルスは「フォイエルバッハ論」で、ヘーゲルの有名な「現実的なものは理性的であり、理性的なものはすべて現実的である」という言葉を説明して、「現実的=必然性」の意味だと述べ、「必然的なものは結局のところ、理性的でもあることが明らかになる」という意味だと説明する。  
そして、次のように述べる。
「これを当時のプロイセン国家にあてはめると、ヘーゲルの命題の意味するところは、だから、ただこういうことにすぎない。すなわち、この国家が合理的であり、理性にかなっているのは、それが必然的であるかぎりにおいてである。もしこの国家がそれにもかかわらずわれわれに悪いものに思われ、しかもそれが悪いにもかかわらず存在しつづけるならば、政府の悪さは、臣民たちがそれに照応して悪いという事実で正当化され説明される。その当時のプロイセン人たちは、自分たちにふさわしい政府をもっていたのである」。
(エンゲルスの「フォイエルバッハ論」より)

 ?唯物史観の立場からヘーゲルを批判したければ、彼の「観念論」を批判するのではなく、当時のプロイセンの経済状態から、プロイセンの君主制を説明するべきだったはずだ。それをマルクスは行っていない。

 ?ヘーゲル哲学を根底から批判するとしても、唯物史観の観点からに限定しておけば良かった。「観念論」として斥けたことは、どれほど大きな災いをもたらしたか知れない。ヘーゲルを読まない人間を増やしたからだ。

(2)国家論
「政治的国家」と「市民社会」の矛盾(263?267ページ)が核心的
「政治的国家は亡くなる」(264下)。政治的国家(の彼岸の定在)は国民自身の疎外の肯定態に他ならない(265下)。

この点については牧野が次のように述べている。「マルクスは、国家は最初共同体の純粋な行政として(現在の自治体の住民サービスみたいなものとして)共同生活を円滑にするための道具として発生したが、階級社会に入ってそれは階級支配の道具に変質した、ととらえるからです。こうとらえる時には、宗教や国家を原始社会で発生した時の姿に求めて、階級社会での姿をその疎外態とみるか、階級社会での姿を本質とするかで考えが分かれます。レーニンの国家暴力説は後者に立つものです。(「唯物弁証法問答」より。『ヘーゲルと共に』180ページ)
ここで階級社会での国家は、国家のそもそもの本質の現れか、その疎外態か、という問題提起はまさに急所だ。これはやはり疎外態と考えるのが正しかったのだと思う。ソ連の失敗の原因としてレーニンの理解が間違っていたことが大きいだろう。
ただし、国家の始元をどこに取るかが重要で、この点では牧野にも理解が不十分な点がある。ヘーゲルも、したがってマルクスも、ここでは近代国家を前提としている。したがって、その国民(市民)とは地縁・血縁、共同体から切り離された人々であり、その人々の人格の抽象的平等と、市場を求めて拡大し続ける資本主義社会が前提なのだ。牧野が言うような原始社会で発生した時の姿、「共同体の純粋な行政」が前提ではない。こうした共同体が崩壊した後に、それを補うために成立したのが近代国家だろう。
問題は、原始社会で発生した国家の疎外ではなく、共同体崩壊後に生まれた近代国家、近代社会の本質とその概念であり、その疎外態かどうかなのだ。 

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○ヘーゲルとマルクスの違いは、時代の進展の違いが最大の理由
ヘーゲルが知っていたのは近代社会の生成史まで、マルクスも展開史の初期でしかなかったと言えるのではないか。

     ヘーゲル マルクス
目的  ?立憲君主制の確立 ?立憲君主制の批判=打倒=革命前夜
ドイツの独立、自立の達成
プロイセン政府の擁護

                     ?ヘーゲルの観念論批判
                       =唯物史観の模索
                     ※この目的がすべてに優先した

時代背景 フランス革命後
    立憲君主制が進歩的だった 立憲君主制が反動化
             ※マルクスはこの意味を唯物史観から明らかにすべきだった

     産業改革前        産業改革後=工業化
農村国家

土地の所有権は不自由 私的所有権が前提
土地は特殊な私有財産 土地所有も自由
市民社会内の自由競争=格差の拡大

     大土地所有者が基盤 市民階級(ブルジョア)が台頭してきた
     農村国家 プロレタリアートも存在

     身分社会 階級社会へ

     国家と市民社会の分裂 国家と市民社会の分裂
その解決は、官僚制と議会 官僚制と、身分議会では無理
 土地所有階級が媒介 市民社会の混乱を国家が抑制する
                     完全な普通選挙の実施
                     市民社会内部での階級対立の解決

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○しかし、マルクスの問題提起で、近代の矛盾がよりはっきりと捉えられた側面がある
それは人格の平等ゆえの階級社会の成立、格差の拡大という矛盾だ。形式的(人格の)平等と内容的(能力の)平等との矛盾だ。

(1)人格という抽象的平等と、実質的な能力の平等、個性化の実現には決定的な矛盾がある。
 地縁、血縁は、その内部では均一でも、全体としては多層的で複合的で多様。
その地縁、血縁が壊れたことと、抽象的人格や所有権での平等とは同じこと。それは人間の均一化であり、画一化である。その上に成立したのが近代国家。
地縁、血縁社会には抽象的な所有権はない。身分が固定していた中世との違い。
人格という抽象的平等と、実質的な能力の平等、個性化の実現には決定的な矛盾がある。

(2)国内部の均一化が国家成立、国内統一ということ
 日本の明治維新で言えば、徳川幕府は諸藩の連合体の代表で、国家は存在しなかった。
  横の関係が中心で、絶対的な抽象的な一般的な上下関係ではない
 国内の多層的で複合的で多様な統治が壊れ、均一化し、中央集権化する。
 「教育」が、国家の観念を植え付けるための先兵になる
 天皇制だけが、血縁関係を残した部分

(3)国内統一と国外への対抗・侵略とは一体
?先進国では国内の対立を使用するために植民化
それを協力に押し進めるために国家が必要
  ?後進国では国家の目的は、外の他国から守るため。植民地化される危機。
また、内部の統一体を作るため
教育と殖産を振興し、産業改革で工業化を達成するため

(4)マルクスは国家と市民社会、公私の対立を強調している。ヘーゲルの予定調和の考え方への批判。これは絶対的に矛盾し、対立する、と言う。
  マルクスにあっては、これは階級社会を意味した。その克服を考えたのがマルクス。
  しかし、さらに根底には(1)の矛盾があるのだ。

(5)愛国心を言う人
国はムラではない。その正反対のもの。地縁、血縁が壊れ、抽象的人格や所有権での平等、つまり人間の均一化の上に成立したのが近代国家。
近代以前には公私の区別はなかった(266ページ)。それは一体だったから。
私が私になり、公が公になったのは、同時である。
愛国心や公共心の確立・再建を言う人は、公を求めているのではない。公私の分裂前の一体の時代への回帰を求めているのだ。
  公を確立するには、私を確立するしかない。現代の日本では、私が私にならず、小さなムラに留まっている。依然として個人はいない。

(6)市民社会と国家の分裂、対立
 官僚機構や国の諸制度は、本来の目的から離れて自己運動してしまう
 高度経済成長下で生まれ、拡大し続けた制度を変えられない
 ここから「小さな政府」「官から民」が出てくる必然性がある。

6月 17

ゼミのヘーゲル学習会の成果。

?から?を、この順でブログで発表する。今回は?

?ヘーゲル『法の哲学』へのノート 
?ヘーゲルの国家論 
?マルクスの「ヘーゲル国家論批判」へのノート 
 
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◇◆ ヘーゲルの国家論  ◆◇

昨年2008年8月にはヘーゲル学習会の合宿でヘーゲル『法の哲学』の国家論を読んだ。そこで考えたことをまとめておく。テキストには中央公論社の「世界の名著」版を使用した。ページ数はこのテキストのもの。

(1)国家とは何か
§257には国家の概念が示される。ヘーゲルは国家を意思(自由を求める意思)の概念で説明する。

「国家ははっきりと姿を現して、己自身にとって己の真実の姿が見まがうべくもなく明らかになった意志の実体としての倫理的精神である。この意志の実体は、己を思惟し、己を知り、その知るところの物を知る限りにおいて完全に成就する」。
「国家は個々人の自己意識に媒介された形で顕現するが、他方、個々人の自己意識もまたその自由の実体を国家の内に持っている」。

 人間一人一人の自己意識=意志が国家の基本になっている。個人の自由実現は国家によって可能になるとヘーゲルは言う。ここで一人一人の「自己意識」を基本においていることに注意したい。「自分とは何か」と「自分たちとは何か」「わが国とは何か」。これらは一連の問いで切り離せないと言うことだ。

 また、近代国家とは、あくまでも「国家を作ること」を意識して自覚的につくったものだ。先進国イギリスは、産業革命後の市場拡大のために、国内市場を拡大し安定化するために、イングランド、スコットランド、ウエールズを統一し、対外的には植民地政策を推し進めた。フランスも革命後のナポレオンによる帝政下で中央集権化が進む。

 これらの先進国への対抗上、後進国も国家を作るしかなかった。それがドイツ(プロイセン)、イタリア、日本などの「民族国家」だ。日本は植民地化されないために、西欧から国家という諸制度を輸入する形で作り上げた。近代国家は他の諸国家(先進国)に対抗する必要性から後進国が自覚的に作ったものだ。

 しかし、後進国の国家が「民族国家」である必然性はなく、他民族国家でもかまわない。「己を思惟し、己を知り、その知るところの物を知る限りにおいて完全に成就する」という意味では、アメリカこそ、旧来の歴史や社会を前提にせず、理想的な憲法の理念から作った純粋な近代国家と言えるだろう。憲法に賛成するすべての者を国民と認めるほどに、それは理念先行国家だ。

 市場拡大のために内部の分断、分裂を克服し、統一した中央集権の統合を実現する。さらに外との対抗上も国家を必要とする。後進国では逆に、対外的な必要から国家を必要とする。いずれにしてもそれが近代国家だ。そのナカミは多様だ。それぞれの民族、国民が、自分たちにふさわしい国家を自覚的に作り上げたものだからだ。

(2)君主制について

 マルクスなどヘーゲル国家論の批判者は、ヘーゲルが君主制とその官僚制を擁護している点で、ヘーゲルを批判する。この批判、特に君主制擁護への批判は正しい。それは叙述によく現われている。

 ヘーゲルの君主国家論(3章のAの? §272?320)は明らかに、当時のプロイセンの君主政権を擁護するのが目的だった。というよりは、彼の国家論は近代国家論だが、その国内体制の箇所はプロイセン国家論になっているのだ。当時のドイツ民族の程度(民度)が、君主制しか可能にしなかったからだ。しかし、露骨にそうは書けなかった。

 擁護の姿勢は叙述の不自然さに現れる。ヘーゲルはここでは、いつもの普遍→特殊→個別の順番を壊してしまう。

 カントの立法→司法→執行に対して、ヘーゲルは立法→司法→執行を主張していたそうだ。そして、本書ではそれを、立法→執行→君主に変えた。ここにすでにおかしな物があるが、それを問わないとしても、展開の順番は立法→執行→君主になるはずだ。

 それが君主→執行→立法と逆転している。その結果、君主論の内部(a §275?286)も、個別から普遍への順番になっている。そして、ラストの立法(c §298?320)の導出、その内部展開もおかしくなっている。これは、そうまでして、君主権を強調したかったことの現れで、政治的な操作だ。なお日本の注釈書で、この叙述の不自然さの指摘ができているのは三浦和男(未知谷)のものだけだった。

 以上、ヘーゲルの叙述の問題、彼の君主制擁護の姿勢を批判した。しかし、ヘーゲルの真意は「当時のドイツでは、立憲君主制しか可能性がない」ということだったろう。§274の【注釈】には「どの国民も、自分にあった、自分に似通った体制を持つ」とある。民度とその政権、政体は一つなのだ。日本の天皇制もそうだ。エンゲルスはこれを正確に理解している(「フェイエルバッハ論」)。

(3)意志決定は個別者が行う。
§279
「なんでも皆が決める、多数決で決めることが民主主義的で平等だ」という考えは間違っている。ごまかしがある。民主主義がしばしば衆愚政治になる理由を考えるべきだ。

 意志はそもそも個別的なものだ。国家、集団の意志決定でも、一人の人格が最終意志決定を行うしかない。重要な局面では、トップ自らが責任を持って決定するしかない。トップの孤独を思わねばならない。

 家族や団体でも、執行の場面では個人(トップ)が意志決定をするしかないし、事実そうしている。決定前に、メンバーの意見をしっかり聞いておくことは重要だが、意志決定はそれとは別のレベルのことだ。    

 意志決定は個別者が行う。これを私は認める。しかしこのことはヘーゲルのように君主制度の擁護には必ずしもならない。どのようにトップを決めるかは別のことだからだ。それは民度や外的状況などによってきまる。
国家とは別の話になるが、人の中には意志決定ができない人、できない場合がある。その時には、外的に意志が与えられるしかない。それもまた個別的な意志でなければならない。多くは親の子どもへの干渉であり、大人になっては占いなどがそうだ。国家でもそれができない段階では神託で決めたりした。そうした外的な意志を内面化したのは、ソクラテスだとヘーゲルは言う。それが彼のダイモンだ(534ページ)。

(4)世論 §316から§318

 世論についてのヘーゲルは、リアルだ。その矛盾を突き、その二面性をおさえている。この点、マルクスはお人よしと言える。

 思想の自由、表現の自由が保障されるのはなぜか。それが真理の表現になっていくからだ。

 世論には、真理(現実社会の要求=普遍性)の現れの面と、それが個人の特殊性をまとって現れるという矛盾があり、その特殊性は独自性を主張しようとする間違った態度も含む。

 従って、それとの付き合い方は、世論の中に潜在的に含まれている真理を顕在化させるために努力すればよいことになる。

(5)国家間の争いが低レベルになる理由

 私にはかねてからわからないことがあった。国と国の争いのレベルになると、なぜにああも低級で暴力的で幼児性むき出しになるのか。例えば、アメリカだが、国内の民主主義がある程度成熟している一方で、対外的なことになると急に幼稚きわまりない行動をとる。ブッシュのイラク戦争開始のでたらめさ、その正当化の理屈「民主化する」「先行攻撃の権利」などのめちゃくちゃさ。イラクや北朝鮮のめちゃくちゃもひどいが、アメリカもいざとなると変わらない。

 国家間の関係が個人間の関係(契約)より酷いレベルになるのはなぜなのか。長いことこの疑問を抱えていたが、誰からも応えてもらった覚えがない。ところが、ヘーゲルはそれに論理的な回答を与えていた。初めて、私はこの設問への回答があることを知った。それが正しいかどうか以前に、他は、そもそもこうした問いを立てることがないのだ。

 国内の統一によって国家が誕生すれば、それは個体性を持つ。個体性には否定の働きが含まれるから、他の個体(他者)に排他的な関係を持つ。それが独立ということでもある(§321)。これは「排斥性」(他への攻撃性)とイコールではない。性関係、家族が閉じる理由も同じだろう。
さて、その国同士の関係はどうして極端に低レベルに落ち込むのか。「諸国間の契約内容は、相互の独立した特殊的意志(恣意=自然状態)がもとになる」。これは個人と個人の契約と同じレベル(ただし契約の素材の多様性は限りなく少ない)だとへーゲルは言う(§332)。その結果、契約よりももっとひどいレベルの粗雑な関係になる。自分たちの領土や金、自分たちの利害のことしか考えない(590ページ)。

 つまり、第1部の契約のレベルを止揚して生まれた国家なのだが、国家間の交渉になると、第1部の契約のレベル(それ以下)に戻ることになるのだ。個別性が復活してしまうからだ。
 個別性の克服の結果、またも個別性に戻る。これがヘーゲルの円環論法だ。

 国際法についても、ヘーゲルはカントの構想(国家連合による永久平和)をあざ笑う。なぜなら、自然状態としての国家の関係では、「相互の独立した特殊的意志(恣意)」がもとになってしまうからだ(§333)。その結果は、戦争だ。「戦争は、合意形成ができなかったときの、最後の解決策」。一応の解決策である。

 ヘーゲルは辛らつだ。戦時国際法のヒューマニズム的な理性的な外観についても容赦なく、その真実を暴く。戦時国際法の趣旨は、打ち負かした敵国をも「国家としては認める」ことにある。その結果、ヒューマニズム的な外観が生まれる。しかし、本当の理由は「他国家を認めないと、自分を認めてもらえなくなる」からだと言う(§338)。岩波の全集版では「戦争も国家間の『相互承認」が前提となっている』とする(614ページの注151)

 以上がヘーゲルの国際関係論である。それは個別性という概念を徹底的に展開したものだ。これが論理的に考えるということなのだろう。 (2009年4月15日)