9月 02

猛暑、集中豪雨の異常気象の8月も終わり、やっと秋になりましたね。

みなさんはいかがお過ごしですか。

この夏休みの成果はどうでしたか。

私の方は、8月に2日間の集中ゼミを開催し、マルクス『資本論』(第1巻第1篇と第2編)を読みました。
これからの研究のための前提を確認し、その足場を作ることはできたと思います。
詳しいことは、また報告します。

今回のメルマガで社、秋の学習会のスケジュールと読書会テキストをお知らせします。

参加希望者は早めに連絡ください。参加には条件があります。

(1)毎週月曜日のゼミ
9月16日より開始

 ?日本語文献の読書会
  関口『無冠詞論』
 ?ドイツ語原書講読
  マルクスの「労働過程論」(『資本論』第1巻第3編第5章)を読み
  その後ヘーゲルの「目的論」(『小論理学』)

(2)毎月のゼミの日程とテキスト

9月14日 文章ゼミ+現実と闘う時間
9月28日 読書会(マルクス『資本論』第1巻第1篇+岩井克人)
10月12日 文章ゼミ+現実と闘う時間
10月26日 読書会(高島善哉著『アダム・スミス』岩波新書 青版 674)
11月9日 文章ゼミ+現実と闘う時間
11月23日 読書会(アダム・スミス『国富論』? 中公文庫)
12月7日 文章ゼミ+現実と闘う時間
12月21日 読書会(アダム・スミス『国富論』?、? 中公文庫)
12月某日 今年1年の振り返りと忘年会

(3)9月の読書会について
8月の集中ゼミではマルクス『資本論』(第1巻第1篇と第2編)を読みました。

9月の読書会は、この補講の意味があります。しかし、これだけ単独での参加も可能です。しかし、これだけ単独での参加も可能です。

? 参加者には全員にレポートを求めます
1つテーマや「問い」を立て、それについて報告すること
大きなテーマや「問い」である必要はない
気になったこと、気付いたことを、少し調べたり考えて、報告すればよい

? 岩井克人のマルクス批判のテキストを考える時間を取ります。

(4)10月から12月の読書会とテキストについて
 古典派経済学の創始者アダム・スミスの『国富論』を読みます。
 スミスはマルクス『資本論』の前提の労働価値説の創始者でもあります。

 新たに経済学が生まれてきた時代背景を知り、その時代の経済問題と雄々しく闘ったスミスの戦いぶりを、読んで考えてみたいと思います。

高島善哉著『アダム・スミス』岩波新書(青版 674)は古いですが、アマゾンで 「中古品」として簡単に購入できます。

アダム・スミスの『国富論』は、岩波文庫版ではなく、中公文庫版で読みます。
訳文の点と共同研究が背景にある点で、そうします。

以上

6月 05

6月以降の読書会と文章ゼミの日程はすでにお知らせしたように、以下です。
いずれも午後5時開始。料金3千円(文ゼミのみの場合は2千円)。場所は鶏鳴学園です。

6月8日 読書会と「現実と闘う時間」 
6月22日 文ゼミと「現実と闘う時間」
7月6日 読書会と「現実と闘う時間」 
7月20日 文ゼミと「現実と闘う時間」

7月の読書会テキストが決まりました。

7月の読書会では、さらにマルクスの方法について考えるために、牧野紀之と許萬元の以下の3つのテキストを読みます。
現代日本の研究者で、ヘーゲルやマルクスについて考える時に参考になるのは、牧野紀之と許萬元の2人だけだと思います。

 牧野紀之「許萬元のヘーゲル追考論」(A4で11ページほど)
 許萬元の『ヘーゲル弁証法の本質』から第3編「マルクス弁証法の本質」(35ページほど)
 許萬元の『認識論としての弁証法』第3編の?「学的認識の論理」(50ページほど)
を読みます。

 許萬元の2冊は品切れになっているようです。図書館でコピーしてもいいですし、購入したければ、古書として青木書店版か創風社版で入手できます。
 牧野のテキストは、参加者にはお渡しします。

3月 08

2012年12月6日のこのブログで
以下をお願いしました。

◆読者へのお願い

 ヘーゲルがスピノザ著『エチカ』について、
「『規定態は否定である』はスピノザの哲学の絶対的原理である」と、
大論理学の「本質論」、第3編「現実性」の第1章「絶対的なもの」の
注解で述べています。

 この「規定態は否定である」はスピノザ著『エチカ』からの引用だと
思うのですが、見つかりません。

ご存知の方がいたら教えてください。

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これについては、ズーアカンプ社版のヘーゲル全集20巻「哲学史?」のスピノザの項に編集者の注があり、スピノザの書簡集の50番(スピノザからイエレス宛)にその表現があることがわかりました。

「形態は限定にほかならずまた限定は否定なのですから、形態は私の申したように否定以外の何物でもありえないということになります」岩波文庫版(畠中尚志訳)239ページ。

この「限定は否定」がヘーゲルの『規定態は否定である』だということになります。しかし、それが「スピノザの哲学の絶対的原理である」とはどういうことでしょうか。

この書簡の中に、「スピノザの哲学の絶対的原理」を説明しているような箇所は特になく、この書簡の前後、イエレス宛の書簡などを読んでみましたが、ヘーゲルの「『規定態は否定である』はスピノザの哲学の絶対的原理である」を詳しく説明しているような箇所はありませんでした。

私としては、『エチカ』の第1部の定義2「同じ本性を持つ他のものによって限定されるものは、自己の類において有限と言われる」「観念は、他の観念によって限定される」が、ヘーゲルの「『規定態は否定である』はスピノザの哲学の絶対的原理である」の根拠だと考えています。

しかし、「規定態は否定である」という表現には遠いと思います。

ここらへんを知っている方は教えてください。

12月 06

◆読者へのお願い

 ヘーゲルがスピノザ著『エチカ』について、
「『規定態は否定である』はスピノザの哲学の絶対的原理である」と、
『大論理学』の「本質論」、第3編「現実性」の第1章「絶対的なもの」の
注解や、『哲学史』のスピノザの項で、繰り返し述べています。

 この「規定態は否定である」はスピノザ著『エチカ』からの引用だと
思うのですが、見つかりません。

ご存知の方がいたら教えてください。

事務局メールアドレス sogo-m@mx5.nisiq.net
 

9月 03

 今年の夏を、読者のみなさんはどうすごされましたか。
 自分の課題へのとりくみは進みましたか。

大学生・社会人のゼミでは、この夏も八ヶ岳で3泊4日の合宿を行いました。
 もう5年目になります。

 合宿でのヘーゲル哲学の学習のメニューは、
 原書購読は、大論理学の本質論の第3部「現実性論」の前半を丁寧に読みました。
 翻訳では、ヘーゲル『小論理学』(牧野紀之訳 鶏鳴出版)で下巻「本質論」を通読しました。
ともに、ヘーゲル論理学の本質論を、特に、現実性論をきちんと理解しておきたいと考えての挑戦でした。「現実性論」にはこの5年間、何度も何度も繰り返して挑戦し、その都度弾き飛ばされてきた、というくやしい思いがあります。
今回は、少し、理解できたという実感を持ちました。
くわしいことは別に報告します。

 2日目と3日目の晩には「報告会」を行い、各自の課題について話し合いました。

 4日間の参加者は延べ6人。
 他に、報告会だけの参加が3人(2人はウェブで参加)。